黙々

 黙々という言葉は僕には一番不釣り合いだ。およそその様な言葉が似合うようなことを未だかつてしたことがない。飽き性、根気がない、目移り、軽率な言葉の羅列がそのまま僕には当てはまる。結果を簡単に要求してしまうところも又欠点だ。過程を、特に努力を要するものはほとんど避けるかごまかしてきた。若さとか運とか偶然などと言うようなもので助けられた時だけ結果は手に入ったが、その様なものの援軍がないときにはさすがになにも手にすることは出来なかった。当然と言えば当然だが、それを運の悪さのせいにしたり、人のせいにしたり、社会のせいにしたりして納得していた。最近はもっと都合の良い言葉を見つけて、それを乱用している。継続した努力を怠るにはとても良い免罪符だ。歳のせいは、恐らく最強の免罪符だろう。本人は勿論相手までがそれで納得してくれる。いつから歳なのかよく分からないが、恐らくそれが口に出るようになったときが歳なのだろう。だから人によって実際に歳になる年は違うのだ。ずっと歳にならない人もいるし、早々と歳になる人もいる。  黙々は似合わなかったが、モクモクは似合っていた。喫茶店の隅や、パチンコ台の前、狭いアパートの部屋でうさんくさい仲間と深夜、紫煙の中で幼稚な青春を送っていた。幼稚な青春は幼稚な大人、幼稚な壮年を経て最終章へ足を踏み入れようとしているが、最終章もどうやら幼稚で過ごしてしまいそうだ。黙々がもっとも似合いそうな年齢に黙々と苦手意識だけは持ち続けているのだから。