官舎

 今でこそ余り無いが、以前は警察官や警察官の家族ととても仲良くなっていた。牛窓署に赴任してくる警察官は多くは家族を伴っていた。警察官舎に家族も一緒に住んで、子供達は牛窓の学校に通った。僕が若い頃は独身の警察官と仲良くなり、一緒に小さな旅をしたり、警察の野球チームに僕が入らせてもらったりしてよく遊んだ。  僕の年齢が上がるに従って、家族の人達と親しくなっていった。勿論こんな職業だから、また、薬局が町の中心にあることから、接触する機会が多かったのだと思う。牛窓を離れてからもつき合いがある家族もあり、薬を届けることも多い。  先日電話をもらった奥さんは、エリート警察官の奥さんだが、良く僕を頼ってくれて色々な薬を当時作っていた。今回も薬の話をしていてふとお子さん達の話になった。高校受験という言葉がお母さんの口から出たので、少し面食らった。どのお子さんのことを言っているのか分からないのだ。恐らく長女だろうと思ったのだが、何となく内容がそれではつじつまが合わないのだ。当時は、可愛い女の子を3人連れて良く来ていた。恐らく長女でも小学低学年だったのではないか。末っ子はまだ幼稚園にも行ってなかったと思う。それが高校受験に該当するのが真ん中のお子さんだと知ってびっくりした。恐らく山陽の出ではないだろうのんびりした口調の奥さんと、おおらかに育てられているのが良く分かるお子さん達の遠慮のない、それでいて全く図々しさのない様子にずいぶんと心を慰められたものだ。ああいった光景が薬局の中になくなったのは、本来のヤマト薬局の利用者だけの空間が、処方箋を持ってくる人達の空間と重なり合ったためだろうか。嘗てののんびりとした、それでいて深い交わりは余り無くなったような気がする。あるいは僕のせいかもしれない。ちょっとした体調不良の人達が気楽に寄れるところだったのに、深刻なトラブルを抱えた人達が次第に増えてきた。所詮薬局だから、ちょっとしたトラブルのお世話が分相応なのだが、こちらが参ってしまうほどの苦痛を抱えた人達のなんて多いこと。医療では救われない人達も残念ながら巷には多いのだ。  底抜けに大きな笑い声が受話器の向こうから聞こえる。ゆっくりとしたしゃべりに心が洗われる。貴重な個性に官舎。いや、感謝。