薬局の入り口でかなり躊躇っていた。その理由が、床がピカピカに光っているからだ。僕がやっていた時代は汚くて、その理由で入るのを躊躇う人がいたかもしれないが、今は逆だ。  その老人を見てすぐに誰だかわかった。昔の面影が残っていたから、何十年遡ったのか分からないが、確かだと思う。僕が牛窓に帰ってきた頃はまだまだ、この町で多くのものが循環していた。例えばこの男性のようにトラックの運転手だったら、ずっと牛窓の配送をやっていて、転勤で人が変わるということがあまりなかった。農協にしても病院にしても郵便局にしても新入社員で入り定年で出て行っていた。だから顔なじみばっかりで、買い物にしたって保険にしたって、常に牛窓の方にお願いしていた。  この男性は県貨物と言う岡山県では老舗の運送会社のトラック運転手で、毎日のように薬を届けてくれていた。だから僕が牛窓に帰った頃から見てくれていたことになる。いつの間にか定年になり僕の前から消えたのだが、何十年の時を経て再会したことになる。  その男性の必要なものを渡し、会計を済ませたときに、なにやら男性が感慨深そうに薬局の中を見回した。そして感想を独り言のように言った後、さっきつり銭をしまうために閉じた財布を再び開き、その中から千円札を一枚取り出し僕にくれた。そして「これで奥さんとコーヒーでも飲んでください」と言われたのだが、いくら昔を懐かしんでくれたにしても、大の大人がまるでチップのようにお金を頂くわけには・・・・いった。「ありがとうございます。妻も喜びます」と僕の得意の豹変で感謝の言葉を述べた。男性はまた、きょろきょろと店内を見渡しながら出て行った。  娘夫婦が彼女達の感性で薬局の中を変えてしまったから、昔しか知らない人には戸惑いもあるだろうが、よい変化を喜んでくれていたのは十分伝わって来たから、よくも薬局を潰さず頑張っている僕に御褒美をくれたのだろう。恐らく男性には僕がまだ牛窓に帰ってきたばかりの、頼りなさげな青年の姿に見えたのだろう。  今度の日曜日は玉野教会にかの国の青年達が集まってバーべキュー大会をする。1人分の参加費は出来た。後5人分床を磨くぞ。