路頭

 相談を受けているときから僕は治す自信があった。訴える内容は手に取るように分かった。その症状は僕が初めて漢方薬の実力を体験し、漢方の勉強を始めようと思ったきっかけだったので。ところが渡していた2週間分がなくなった頃も連絡がない。もう治ったので関心を失ったのかと思っていたら、1ヶ月程後妹さんが深刻な顔をして入ってきた。何でも僕の漢方薬を2日ほど飲んだ頃気分が悪くなったので飲むのを止めたらしい。その後、路頭に迷い、耳鼻咽喉科や内科など数軒をはしごして、それでもらちがあかないから、大学病院でCTかMRIを撮ってもらうと言っているらしい。そもそも僕のところに相談にきたとき、半年の間に数軒の医者にかかり2カ所でレントゲンとMRIをやっていた。それだけやってもまだ原因が分からずに僕のところに来たのだ。数年前、脊椎管狭窄症を漢方薬で治した人だから、僕をかなり信頼してくれていて、遠くの市からわざわざやってきてくれるのだが、わずか2日で漢方薬を飲むのを止めていたことは残念だった。何かあったら電話をして尋ねてくれたらと思うが、どうもそこまで冷静ではなかったらしい。妹さんは、姉が取り乱して又レントゲンを撮ると言い張っていることを大変心配して、他の薬を作ってと僕に訴えた。何を恐れて何回も発ガンの原因になる放射線をそんなに浴びたがるのか哀れに思ったが、僕は出した薬にかなりの自信を持っていたので、僕の30年前の体験を話して、必ず治せれるから、薬は以前のを安心して飲むように伝えた。牛窓に住む妹さんは家族の不調をいつでも相談してくれる人だったので、僕の話を姉に伝えると言って安心して帰っていった。 10日程経ってお姉さんから明るい声で電話をもらった。その瞬間かなり解決してきたことが分かった。あれから安心して薬を再開したら、日に日に息がしやすくなって、喉を塞いでいたものがとれてきたと教えてくれた。もう少しだけ詰まった感じがすることもあるから念のためもう2週間分送ってくれとのことだった。  僕は30年近く漢方薬と接してきたから、おおよそのことは分かる。学術的なことは正直大の苦手だが、何となく治し方は分かっている。議論には付いていけないが役に立てるかどうかなら余り引けをとらないと思う。あそこで僕が妥協して、何か次なる処方を試みたらお姉さんは治っていない。路頭に迷い検査漬けになり気を病んでいくのが落ちだ。いずれは精神科の薬を飲むことになっていただろう。検査が必ずしも万能ではない。権威が必ずしも万能ではない。又強いて言うなら、インターネット上の情報が万能ではない。朝から晩まで田舎の薬局で薬のことを30年考えている人間が、「確かな情報」より優ることだってあるのだ。それもこれも縁なのかもしれない。妹さんが、それでも僕に相談してくれたのが、ノイローゼ気味のお姉さんを救った。ただ単に喉が詰まっただけの症状なのに。漢方の世界ではありふれた症状なのに。