26時間

 初めて見る女性だった。車を丁寧に駐車場にバックで入れたから、ナンバープレートで県外の人だと分かった。乗り物酔いの薬を買いに入ってきただけなのだが、栄町ヤマト薬局の水虫薬が目について、水虫の相談を受けた。矢継ぎ早に一杯質問された。普段旅行中の人とそんなに会話をしないのだが、その女性の本来的にもっていそうな屈託の無さに好感が持てたので丁寧に答えた。すると女性は「詳しいですね」と驚きの声を上げてくれた。その驚きの声に驚きそうだったが、「はい、そうです」とも言えず、照れ笑いでごまかした。この程度の知識で喜んでくれるなら、そのナンバープレートの街に引っ越そうかと思う。この辺りの人とは、30年そんな会話を繰り返しているから、もうほとんど評価の対象にはならない。むしろ、白衣が珍しく綺麗だとか、1年ぶりに髪を短くしたとか、字が綺麗になったとかの方が圧倒的に評価を得る。意地でも汚い白衣、意地でもぼさぼさの髪、意地でも実力通りの字で勝負しようと思うが、たまにはよそ行きを強いられることもある。その時の評判がすこぶるいいので、裏切り続けようと思っている。  飾るといらぬ緊張をして、実力がでないので、あるがままを通させてもらっている。それで不愉快に感じる人は2度と来ないだろう。経済的には良くないのかもしれないが、経済以前の問題もとても大切だ。自分がこの空間で居心地よく仕事が出来ること。ただ居心地がいいだけでは何にもならないが、居心地よく仕事が出来れば、ほんの少しくらいは、痛みを引き受けられる。自分がやられない程度の引き受けが出来る。  帰って行く後ろ姿を見て、なんとなくその女性が都会に帰るのではないような気がした。なぜだか分からないが、殺気が感じられなかったのだ。1日が26時間位で動く町に住み始めたような気がしたのは素足にサンダルが似合っていたからだけではないだろう。