段ボール箱

 裏口を開けると一杯野菜が段ボール箱に入れられて置いてあった。「野菜を置いて帰りましたから」と電話をくれたおばちゃんの病気を治したのではない。おばちゃんがかわいがっている猫を治したのだ。1週間くらい前、おばちゃんが腎臓の薬を作ってと言って入ってきた。様子を聞いているとなんだか腑に落ちない。よくよく聞いていると飼い猫が調子が悪いらしい。以前同じ状態になって獣医に連れていったらしいが、腎臓が悪いと言われたらしい。それで僕に腎臓の薬を作ってと言っているのだ。抗生物質を販売することは出来ないから、漢方薬なら出してあげるというと、漢方薬の方がいいという。理由はよく分からないが、僕には逆にそれしか武器はない。人間に換算したらどのくらいの量を量ればいいのかなどと、分かったような分からないような計算をして、一応作ってみた。その答えが裏口の野菜だったのだ。  「元気になって帰って来ないよ」と嬉しそうに教えてくれたが、獣医代が払えなかったのだろう。僕は効くか効かないか自信がなかったのでただで上げたのだが、ただほど高く付いたのではないかと気の毒だった。それにしても薬局に来たときのおばちゃんの心配そうな顔はただごとではなかった。まるで子供か孫を心配するかのように心を痛めていた。幸せな猫だ。症状を説明してくれるときでもほとんど擬人化されていた。老いて小さなペットを飼う老人がいる。下手をすれば1日中口を利かないことも多い。ペットを相手におしゃべりでもすれば少しは気が巡るだろう。沈黙の中でろくなことは考えまいから。  人間が嫌い、人間が苦手、分からないわけではない。ただ、今日食べた魚や野菜、今日着ている衣服、通勤電車、みんなみんな人が作り動かしてくれているものだ。人間が嫌い、人間が苦手なのではない。本当は、傷つけ合い競い合うのが苦手なだけなのだ。傷つけたくもない、傷つきたくもいない、勝ちたくもない、負けたくもないのだ。物言わぬ犬や猫ならその関係が築ける。ギラギラとしたものがそり落とされた老人とペットたちの共同生活が、段ボールの箱から覗いていた。