夜景

 あれから1年になる。去年の連休に、薬を送っている中部地方の人達に会うことと、先輩に会うことを兼ねて岐阜に行った。不意打ちを食らわしてやろうと思ったのでビジネスホテルを予約しておいた。予約しておいて良かった。泊まれとは言わなかったから。言われれば、ホテル代などどうでも良かったのに。夕ご飯は、若者ばかりが目立った駅裏の料理屋でごちそうになった。ごちそうになったというには食べたものがお粗末だったから、「おごってもらった」くらいの表現が正しいかもしれない。  その先輩が急に電話をかけてきた。僕らが電話で話をするのも10年ぶりくらいだ。年賀状だけでまだ生きていることを確認するくらいの密度だ。ある悩みに僕の体験が慰めになるのだろう、長電話になった。話の中で、照れながら「億ションを買った」と言った。僕はその言葉が最初聞き取れなかった。そんなものに縁がないから、オークションに聞こえたのだ。聞き返したから余計照れたのかもしれない。買った理由を言っていたが、あまりピンとこなかった。岐阜の街を見下ろす高層マンションの最上階で、何を手に入れようとしたのか分からない。  学生時代、先輩はちり紙交換をしていた。針金細工を路上で売っていたもう1人の先輩に、経済的によく助けられていた。僕より1学年上の劣等生だった。劣等生には劣等生の臭いがして、僕らは何となく親しくなった。向こうも、こっちも留年したから、4年間一緒にたむろしていたことになる。尊敬できるところなど全くない。見習わなければ良かったと思えることばかりだ。だけど、不思議なことに、何もかもが受け入れられるのだ。そして何もかもが受け入れてもらえるのだ。要は似ているのかもしれない、価値観が。  「今度泊まりにこいや」と、さすがに今回は誘われたが、最上階の豪華な部屋で、カップヌードルを一緒に食べるなら行っても良い。僕らに夜景はいらないし、身を沈めるソファーもいらない。薬大で落ちこぼれ、病院勤務時代に結核になり、その後医者になった経歴だけで十分だ。それこそが、上流階級が似合わない根っからの落ちこぼれ学生の勲章だ。 白衣を着て診察室から出てきた先輩をみて、冗談だろうって声をかけたくなった。僕らの5年間がまるで冗談だったのだから。未だ続けている冗談に夜景もあきれるだろう。