振幅

 FAXが出来るまで、朝の一仕事は、各問屋さんへの電話注文だった。品不足の商品を手配するために、各問屋さんに電話で品物の名前と個数を注文するのだ。丁寧な問屋さんは向こうから電話をしてくれていた。どちらにしても注文だけのために30分くらいはとられていた記憶がある。FAXを使い始めた頃、何で電線の中を字が移動してコピーされるのか分からなかった。今でも理屈は分からないが、不思議がるようなことはさすがになくなった。朝の大切な一仕事は、朝のちょっとした手間に変わった。  今はまだ進化して、スーパーのレジでピピッと言う音とともに判別される装置(バーコード)に替わり、機器をバーコードにかざすだけで注文が完成する。朝の手間は、時間には束縛されない単なる作業になった。  若い人には実感がないかもしれないが、僕らの世代は一気に進んだ便利の集中豪雨の中を右往左往した世代なのだ。理解力、好奇心に長けている人は果敢に傘も持たず雨の中に飛び込んだし、理解力もなく、好奇心の薄い人は民家の軒下に逃げ込んで雨が上がるのを待った。  僕は明らかに後者の人間に属する。ほとんどの人に負けない機械音痴と無関心には自信がある。居直っているから劣等感も感じないし、回りの誰彼に依存してすぐに助けて貰うから不便も感じない。この感覚は何かの参考にならないだろうか。人に勝ってもそんなに嬉しくもない。人に劣ってもそんなに悔しくもない。僕らの悩みなんか実はたいしたことではないのだ。所詮僕らは生まれてから確実にある一点を目指して生きているのだ。誰も避けることが出来ない一点を目指しているのだ。そこだけは公平に来る。それまでの旅路は、平野を歩こうが山脈で転落しようが、川を下ろうが、海を渡ろうがたいしたことではない。所詮僕らはごく普通の人間で、ごく普通の生き方しかできないのだ。悲しみの振幅は夕陽で扇ぎ、喜びの振幅は朝陽で扇ごう。悲しまないで、苦しまないで。