心得

漢方薬は岡山の問屋さんに注文すればその日の2時過ぎには宅急便で届く。急ぐものはそうして注文し、荷物が届き次第調剤して皆さんの所に送る。と言うのはクロネコヤマトが集荷に来るのが4時だから、2時間猶予があれば材料不足で作れなかった漢方薬も滞りなく発送できるのだ。ところがその日は2時が来ても、いや3時が来ても荷物が届かない。心配になって会社に電話をすると、専務が用事を兼ねて荷物を持ってくるべく朝から出ていると言った。それは親切か合理性か分からないが僕にとってはありがた迷惑な行為だった。  会社から専務に連絡を入れてもらってあとどのくらいの時間で来れるか尋ねてもらった。すると本人から電話がありもう40分くらいで到着すると言った。その時点で僕はその日に発送してあげれない方が出ることを覚悟した。僕にとっては珍しいことなのだ。ところがその連絡をもらってから意外と早く彼が荷物を持って現れた。恐らく言われた半分の時間も経過していないような印象だった。早かったねと彼に言うと、多めの時間を僕に伝えていたそうだ。その時点で僕は漢方薬クロネコ便で届かなかったことに対する不満より、電話連絡をもらってから意外と早く彼が荷物を持ってきてくれたことに対する感謝の方が優っていた。これはなかなかのトリックだとその時も感じたし、以後も時に触れて思い出す。   と言うのは、僕は全く彼とは逆なのだ。僕は常に最短をまず答える。そしてそれに見合うように最善を尽くす。日常の薬局業務でもそうだし、漢方薬の日々の相談だってそうなのだ。有名な大先生のように数ヶ月も僕ら田舎の薬局では効果の発現をまってはもらえない。1週間か2週間勝負を毎日挑んでいるのだ。あるカリスマ薬局は2年付き合ってくれたらどんな病気でも治しますと言うそうなのだが、口が裂けてもそんなことは言えない。僕らは2週間で効果がなければ見捨てられるし、治すことが出来ないものはハッキリとそう言う。無駄なお金を使わせるわけにはいかないのだ。そうして得た金で買わなけらばならないものなど僕にはない。2年もたてば自然治癒で治るものもあるだろうし、永遠の眠りにつく人もいるだろう。薬局には薬局の守備範囲がある。その限られた守備範囲の中でもどうしても最短を選んでしまう。単なる性格なのだが、その性格も気力体力が充実している世代ならいいが、その裏付けをすでに失っているのに口からはいつもの癖のように出てしまう。追い込まなければ気が済まないなんとも不自由な性格だ。漢方問屋の専務のように余裕を持たして、あっという間に現れれば感謝すらされる。最短の時間を約束してちょっとでも遅れれば、不快感を与えてしまう。僕よりずいぶんと若い彼なのだが、なかなかの心得を持ち合わせている。  その時の驚きの経験から、少しだけ余裕を持たせた返答を心がけているが、大脳の指令より早く動く口を持ってしまったおかげで今でも日々追い込まれている。