闇雲

 とんでもないことが起こればとんでもないことが暴露されるものだ。ただとんでもないこととは誰も思わないだろうから、このとんでもないことはすぐに忘れられて、あんな馬鹿なことを言うとはとんでもない奴だと、田舎薬剤師の戯言で片づけられる。 漢方の問屋さんと雑談していて、嘗て取引がなかった薬局からツムラの大建中湯を100本注文をもらったと教えられた。東北の地震ツムラの工場が壊れて当分生産が出来ないから、在庫していそうな所を軒並みあたっているのだろう。問屋さんがそんなにツムラの大建中湯を飲んでいる患者さんがいるのかと尋ねたら、そのくらいは十分出る量らしい。問屋さん曰く、1年間にツムラは大建中湯だけで150億円売っているらしいのだ。恐らく漢方処方は100以上あるから、その中のたった一つでそれだけ売れていたら後は追って知るべしだ。数ある製薬会社のほとんどは、全商品を合計してもツムラのたった一つの処方にもかなわないくらい差がついている。  毎日山のように持ってこられる薬のパンフレットの中ではツムラの大建中湯も常連になっている。有名なお医者さんが治験例を挙げてこんなに素晴らしいと評価を載せている。専門用語で良くは分からないが、手術跡などに使うと腸の動きが良くなるらしい。数ある現代薬よりはるかに優れていると書いてある。そんなもの毎日見せられたら、そして時に接待でもされたら、患者に使ってみようかという気にもなるだろう。効果があるのかないのか分からないが、少なくとも処方せんを持ってきてそれを飲んでいる人で、効果を体験している人は未だ嘗て僕の薬局ではない。効く?と尋ねると、分からないけど出されているから飲んでいると一様に答える。術後はもとより、何か患者がお腹のことで訴えれば闇雲に出されているのではないかと思えるような感じすらする。  そもそも大建中湯は人参、山椒、生姜、水飴からできているものでそんなに宣伝されるほどの効果を感じたことはない。こうして成分を書きだしたら薬と言うよりほとんど料理の世界だ。30年近く漢方薬を扱っているが、滅多に必要な処方ではない。お腹が冷えてグルグルでも言えば使ってもいいかくらいなものだ。150億円も一体どんな人に飲ませているのだろうと不思議でならない。僕の所でも、過敏性腸症候群で処方されて飲んでいる人が何人もいたが、効果があった人にお目にかかったこともない。もっとも、効果があったらわざわざこんな田舎の薬剤師に連絡など取っては来ないだろうが。  放射能の事故で僕らは営利企業の貪欲さと向き合っている。決して彼らが法律を犯したわけではないが、法律で罰することが出来ないくらい多くの被害を与えている。薬の世界でもひょっとしたらよく似た現象が進行しているのではないか。飲ませなくてもよい人に薬を出すという行為が。自然から与えられた恵を金と言うブルドーザーで根こそぎ持っていこうとしている。上から降らせようが、根こそぎであろうが、泣くのは庶民だ。