エール

本当は全ての過敏性腸症候群の方の為に実況してあげたらよいくらい、それは希望と不安が入り乱れ、溜息と笑いが交錯し、過去と将来が激しく往復していた。しかし、それはとてつもなく穏やかな時間に包まれていた。  牛窓の町を見下ろせる半島の山腹に牛窓ホテルがある。昼食を食べに西から来た人と東から来た人、そして僕の家族3人で登った。薬局の目の前にある山なのだが、僕はおそらく10年以上も来たことがない。ホテルもリニューアルされていてとてもモダンだった。同じ町にいて遠い存在だった。  牛窓の魚介類などを利用した料理は、日常から少しだけ離れさせてくれる。二人の大人の女性は、日程の都合で偶然重なったのだが、僕の家で会った時からとても礼儀正しくお互いを尊重し、かつ和やかに話がはずんでいた。僕ら家族とも驚くほどすぐに打ち解けて、一見離れ離れになっていた家族が休日を利用して集まったように見えるかもしれない。それが証拠に、西から来た人を常連のお客さんに「僕の長女です」と紹介したら完全に信じていたから。  偶然年令の近い二人だったが、抱えたトラブルと戦いながら共に社会で生きている。秘めているものは強いのかもしれないが、物腰、言葉使い、礼儀など申し分なかった。かといって硬派かと言えばそんな事もない。笑いも溢れ、知性は旋回するトンビが時にさらって行った。  眼下に広がる景色は、ここに暮らしている僕でさえきれいだなと思った。ほとんどはじめて見る景色のようでもあった。遠く四国の島々や、近くには牛窓の島が浮かぶ。大会が行われていたのか、沢山のヨットが同じような航跡を残して走っていた。せめてヨットくらいにしておけばよかった。「あのヨットは僕のもの」に始まり、「あの一番右の島は僕のもの」最後は「あの旋回しているトンビは僕のもの」。ここまで言ったから全部うそだとばれてしまった。本当は「この善良な時間だけが僕のもの」だったのだ。  西の人は東の人に的確な助言をしていた。東の人は西の人にとても真心のこもった眼差しを送っていた。頑張ってお互い改善しようとエールを交換していた。二人の才能を封じているのはもったいない。本来なら多くの人に愛され、多くの人の役に立てれる二人が 社会の中でくすぶっているのはもったいない。楽しく過ごした中にも僕にとっては多くの情報が転がっていた。それを一つづつ拾い集めて二人のために生かさなければならない。さもないと折角頂いた「善良な時間」を返さなければならなくなるから。