忘れ物

 インターネットで調べたら、その日は丁度先輩はその地区の休日当番医らしい。これでまず計画はうまく行く。はるばる新幹線でいき、いないから帰るではすまされる距離ではない。もうどのくらい会っていないのか実は分からない。10年かもしれないし、その倍のような気もする。4年間ほとんど朝から晩まで一緒にいたのに、卒業してからは数回しか会っていない。その数回も今に近い数回ではなく、卒業したての頃がほとんどだ。  開業した町は大学がある町の隣だから、その辺りまでは行きつけるだろう。そのあたりに辿り着けば人に聞けばいい。医院に入れば、受付で名前を名乗るべきか、或いは診察室に直接入っていってやろうか。いや、それでは患者がいた場合失礼になる。折角だから驚かしてやりたいので並みの演出では詰まらない。そもそもお互いが分かるのだろうかと言う不安もある。分かれた時は、お互い長い髪をしていた。先輩は若くして髪が薄くなっていたからもう今ではないのだろうか。僕も白髪が増えているから、まず道で会ったのでは分からない。さすがに先輩の診療所を訪ねるのだから僕は分かるが先輩は始め戸惑うに違いない。その愕き顔こそが今度の旅の僕の目的なのだ。  その日の夜はホテルを予約したが、後は分からない。計画は全くない。先輩が泊まっていけといえば泊まるし、言わなければ泊まるところを探す。もう一人の先輩も同じ県にいるのだが北と南にわかれていて、今の僕の体力では、遠く感じてしまう。朝起きて今日はどうしようと思うような経験は学生時代以来だ。常に時間と仕事に追われていた。充実した日々だったとも言えるが、なにか忘れ物をしているような気もする。その忘れ物を探して来たいと思っている。