重力

 月曜日(祭日)、いくつものことをこなそうとして岡山の街を走った。走ることによって、どれだけの時間を節約できたのか分からないが、気持ちだけ得をしたのだろうか。滞りなく予定を消化できたのは僕の脚力のお蔭か、はたまた穏やかな陽気が時間の歩みを遅めてくれたのか。しかし翌日からまたまた不愉快な背中の痛みに襲われた。バレーボールもそうだが、もう重力方向の力に僕の背筋が耐えれなくなったのだろう。鉛をぶち込まれたような鈍い痛みがする。  30年も楽しんだバレーを止めてから、僕の休日の過ごし方が変わった。30年間、日曜日はどこに行っても必ず7時半までには、バレーをするために牛窓に帰ってきた。勉強が終わった後、名古屋、新大阪、神戸、広島の新幹線の駅の構内を走った。すべてバレーに間に合う為に。今はゆっくりと帰りの時間も楽しめるようになった。しかし、30年の楽しみのお釣りが今僕の背中で吼えている。鍛える年代を勘違いしてむきになって若い人達と競っていたが、春一番と共に遂に守りの時間がやってきた。スポーツが体によいとの幻想にとりつかれ、硬い体育館のコーとの上を飛びつづけた。勝たなくてもよい大人のスポーツは楽しかったが、支持組織の磨耗は加速度がついていたのだろう。おおむね、重労働もせず、過激なスポーツもしなかった人が、健康的には恵まれた晩年を送っている。どうも僕はその資格を失ったらしい。おとなしくしておればよかったなどと、勝手なことを思っているが、背負った痛みは許してくれそうにもない。