墓石

 今日の午後、ある時間、母と二人きりになった。来年のカレンダーを見ながら母は、私は苦しんで死にたくないといった。来年87歳になるなどと話した後だった。この歳でも毎日僕のところにやってきては、仕事はないかとプレッシャーをかけてくる。体も頭もしっかりとしているので、僕はなにでも手伝ってもらう。年令は全く意識していない。元気で充実した生活を送っている親を持つことは子供としては幸運だ。なにの世話も要らないし、むしろまだ世話になっているくらいなのだから。そんな母でもやはり限界は知っている。いや感じているのかもしれない。だから冒頭のような言葉が出るのだと思う。僕は、こんなに元気なのだから、ぽっくり逝くと思うよと答えた。ぽっくりは元気な人の特権なのだ。  話が発展して、葬式は大げさにしないでとも頼まれた。僕も全く同感で、家族葬にしてあげると答えた。一筆残しておこうかというので、僕の特権で兄弟に説明すると答えるとえらい安心していた。そっといなくなればいいのは僕も同感で、哀しみは家族だけで共有すればいい。人前で涙を我慢するのになにの意味があろう。  形式も格式も何もいらない。他人に迷惑をかけない範囲で、自由に軽装のまま生きていけたらいい。どんなに気張って生きたって、墓石1つしか残せないのだから。