一昨日からの熱の推移を詳しく教えてくれるが、そんなこともあるだろうと心配はしなかった。誰だって風邪くらいはひく。そして熱くらいは出す。これが家にいたなら適当に風邪薬を飲ませ、体力を付ける薬(これが最高の親孝行)を飲ませて終わりなのだが、施設では責任問題になるからその程度ではすまされないのだろう。ただ2回骨折しても全く非難するつもりもないから、おおらかに対処してもらっても一向に構わないのだが。もし家で介護していたら、2回どころの骨折ではすまないだろうし、こまめな性格の母だったら目に付いたことをやろうとするから、2階からの転落だってあり得た。  ズボンのポケットに例の栄養剤を忍ばせて施設に行ったのだが、母は自分の部屋で熟睡していた。呼吸も乱れていないし、安らかな吐息で気持ちよさそうに眠っていた。未だ熱は少しあるみたいだったが、それでウイルスや細菌と戦っているのだから、仕方ない。未だ侵入者と戦う力が残っているのだ。  こうして安らかな眠りの中にいる母をどうして家で見ることが出来なかったのだろうと思い返してみる。一番のネックは、尿漏れパットをトイレに流すことだった。どうしてもそれをしてはいけないことと理解できなかった。そのたびに僕はまるで大蛇を穴の中から引っ張り出すかの如く格闘した。水を含むとゲル状態に膨張して管にしっかりと密着した。 僕に関して言えば、それさえクリアしてもらえていれば家にいてもらってもよかった。ただ世話をするのは妻だから、簡単な話に集約しては申し訳ない。目にする多くの文章は現代の姥捨てではないと慰めてくれるが、祖父母をちゃんと家で看取った両親を見ているから、全てに同感することは出来ない。ただその選択以外に、利用してくれる人達に迷惑をかけないで薬局を続けることは出来ないだろう。  今日は母が幼いときに遊んでいたであろう「番田の浜」に車いすを押して連れていってあげようと前から計画していたのだが、母の体調不良と僕のぎっくり腰で流れてしまった。折角二人だけでおれる上手い手を見つけたのに残念だ。