遺伝

 毎日僕の薬局に手伝いに来てくれる母は、バスに乗り遅れたら2kmを歩いてやってくる。今日その歩く姿を見て、お母さんが飲んでいる薬を下さいと言って70歳代の女性がやって来た。がっちりした女性なのだが、圧迫骨折をしていて背中が極端に後ろに飛び出て首から上が前傾している。20歳くらい年上の母がさっそうと背筋を伸ばして歩いている姿にあこがれたのだろう。 実は母は病院の薬は飲んだことが無くて、僕の薬も3つしか飲んでいない。どれも何かを治療しようと言うものでなく、何となくよさそうくらいの感覚で飲んでいるだけだ。血液の老廃物を捨てる作用のあるものと、骨格系を守るもの、胃腸を整えるものだ。これを飲めば母のように元気でおれるかは保証の限りではない。人には人の弱点や長所があるから一般論ではなかなか片づけることは出来ない。どれもちゃんとした商品として優れているものだが、同じ薬を乞うてきた女性にそのすべてが必要だとは思えない。だから圧迫骨折の既往があるから骨格系を守るものだけ持って帰ってもらった。  以前母が父を手伝って薬局をやっていた頃、その元気さを利用して今の話のように自分が飲んでいる薬をみんなに勧めたらって冗談でよく言っていたが、決してそんなことが出来る母ではなく、決して自分を売るようなことはしなかった。思えば商売が本当に下手な両親だった。時代が良くてそれでも生活できたのだが、その精神は、僕はおろか、僕の次の世代まで遺伝しているみたいだ。正攻法しかできないのだ。田舎で商売を許されるたった一つの条件だったのだろう。限られた人数しかいないのだから、裏切ること、欺くことは致命的なのだ。一度失ったそれらを取り返すのは、それはそれは困難を要するから。 90歳元気セットとでも銘打って、母が飲んでいる薬を売り出せば少しは商売が楽になるかと思うが、東大医学部セットも売れなかったから、余りかけ離れたことにはみんな興味を示さないのだろう。来年、僕の漢方薬を飲んでくれている子がテレビに映り出す。やはり売れるのは「女子アナセット」かな。