窒息

 誰に教わったのか分からない。盗んではいけない。殺してはいけない。自分で死んではいけない。頭をよぎることすらなかった。善良とか善良でないとかの境界はほとんど意味を持たない。海よりも山のほうが高い、それくらい説得力も要しない価値観だった。  やっと仕事にありつき、不健康な心と肉体に鞭打って1日懸命に働いても、企業家の一呼吸のうちに稼ぐ金にも届かない。氾濫した物欲は垂れ流しの情報に額づいて、盗め奪えとささやく。誰が盗んではいけないと教えられるのか。  人一人殺せば殺人者、戦闘で、爆弾で何十人、何百人殺せば英雄。殺人狂の中でチャップリンは言わしめた。毎日目に耳にされる英雄たちの偽善。誰が殺してはいけないと教えられるのか。  誰が必要だと言ってくれるのか。自分がいなくても世間の歯車は高速で回転しているではないか。あらゆる不合理を廃して、勝ちぬいて、出しぬいて、脱落は唯一の敗者の救いだと自死へと誘っているではないか。誰が死んではいけないと教えられるのか。