サイドミラー

 今までに、2回人生を失いそうになったことがある。 1回目は、大学を卒業する前に車の免許を取ろうとしていた頃、何かの役に立つのかと思って、アパートの駐車場で後輩の車の運転席に座った。後輩は助手席に座り、エンジンをかけるように促した。見よう見真似でエンジンをかけたのはいいが、急に車がバックした。何が起こったのか分からなかった。何も為すすべはなかった。たぶん二人で大声をあげただけなのだろう。驚いてアクセルから足を離したのだろう、車は道路を横切り歩道に乗り上げて止まった。安堵と共に見まわすと、暗闇の中から車を覗きこんだ親子連れがいた。まさにその親子ずれの目の前の出来事だったのだ。軽蔑の眼差しをむけてそのまま立ち去った。学生の街で、人相の悪い学生が乗っていたから、何も言わずに立ち去ってくれたのだろうが、僕には一生消えない傷になった。あの時ほんの1メートル、ほんの1秒親子ずれが速く歩いていたら、僕は二人を跳ね飛ばし、命か健康を奪っている。お金で償えるわけもないが、無免許だから一生働いても追い付かない賠償金も払いつづけているに違いない。ふとしたきっかけでしばしばあの夜の出来事を思い出す。  2回目は5,6年前のこと。娘を迎えに岡山市のバイパスに乗ろうとした時のことだ。ふだん使ったことのない上り口から合流することになった。その合流の為の道が驚くほど短くてゆっくりと時間をかけて合流するような構造ではなかった。少し走っただけですぐ合流だった。僕はサイドミラーだけで合流するから、その夜も同じような感覚で、右にウインカーを出して走れば、本線を走る車はよけてくれるものと信じていた。ウインカーを出しながら合流しようとしたのだが、サイドミラーにやたら沢山の光が入ってきた。いつもなら僕は止まったりはしないのだが、何故かその時はブレーキをかけて止まった。その瞬間、僕の車のすぐそばを、接触するような近いところを、大型のトラックが走りぬけた。あの時サイドミラーに大きな光を見つけたから何かを感じていつもとは違う行動を取った。もしあの時、不思議な躊躇いがなかったら、僕も娘も今はいないだろう。命に代えて守らなければならないものを、この手で失うような愚を犯してしまいそうだった瞬間だ。あの夜の光景もことあるごとに頭に浮かんできては、僕の心を震わせる。思い出すたびに胸が締め付けられ臆病になる。  誰に守られたのか分からない、何に守られたのか分からない。忘れられない記憶、忘れてはいけない記憶。2度と起こらないように、出来ることはただ祈るばかりなのだ。祈りは守るものがある間、欠かす事は出来ないと思う。