パニック

 なんかその注文の言葉遣いはおかしくない?と思ったが、僕の薬局の全員が好感を持っている女性だから許す。ただし、他に薬局内に人がいる時はもう少し正しく僕に伝えてね。
 もう10年以上前に初めて僕に漢方薬を依頼してきた時に彼女は涙を流した。ある薬局で漢方薬を購入したときに副作用らしきものが出て、漢方薬が飲めないのではと悲観していた。ただし、僕はその薬局の方が選択した漢方薬による副作用ではないと思ったので、そのことを伝えると、その女性はまだ漢方薬に挑戦できることを喜んで涙を流したのだ。
 その時の印象や、その後のお付き合いで、繊細過ぎる性格でもなお懸命に生活しているところに僕の家族も好感を持っていて、今では何でも話すことが出来る関係だ。歳が僕の子供たちと近いのも影響しているのかもしれない。
 僕の薬局を利用してくれている人のほとんどは、懸命に生きている庶民だが、それでも日常のたわいもない会話の中にも感動はある。そんな庶民の代表みたいな彼女が入って来るなり、ニコニコしながら「先生、ヤバい薬をまた作ってください!」と言った。僕にはその薬が当然分かるし、彼女の生活を支えた立役者の処方だから思い出深い。いわゆるパニックの漢方薬で、僕の薬局では多くの方が飲んでくれている。彼女が、念願の職に就くことに大きく貢献してくれた処方だ。
 ただし、彼女の言い方だと、飲めばハイになり、頭の中がお花畑になるような薬に聞こえる。僕が作っているのは「ヤバい時に飲む薬」なのだ。苦手な状況に陥ったときに、一瞬のうちに呼吸が浅くなり、息苦しくなり、血の気が引き、失神しそうになる時に飲む漢方薬だ。
 〇〇さん、今度から正しく言ってね。僕の薬局には時々警察官の方も来られるので。

https://www.youtube.com/watch?v=sE-6uLJhZqo