普通

 ナイフとフォークを持って、皿の上の肉を切りながら、ひょっとしたら僕はこうしたことを初めてやっているのかもしれないと思い始めた。記憶がないのだ。
 牛窓にいた中学生までは、まだまだ時代が貧しくて、肉などそんなに食べれなかった。高校浪人時代は、下宿のおばあさんが賄をしてくれていたから、そんな気の利いたことが出来るはずがないし、安い下宿代では無理に決まっている。
 大学時代は仕送りはなかったし、飯代よりたばこ代とコーヒー代優先だったから、まともな食事などしていない。
 牛窓に帰って薬局を継いでから、上の子が小学3年生になるまで、正月以外仕事を休まなかったから外食などしていない。その後も、外食と言えばラーメン位なものだったから、おそらく食べていない。ナイフとフォークを使う気恥ずかしさは、今も昔も同じだから。
 この20年、もはや肉を食べることに執着はなくなっているから、わざわざステーキを食べようなどとは思いもしないだろう。となるとやはり僕の人生でステーキなるものは無縁だったのだ。
 食べてみて特別美味しいとは思わなかった。これがステーキかと少しは興味もわいたが、やたら焼き具合を聞かれたのがうっとうしかった。聞く人間が、外国人なのにやたら日本語が上手で、牛窓にある高級ホテルもこうした人たちで持っているのかと驚きだった。
 最初にサラダが出て、パンが出て、その後にステーキだが、それで終わりだった。ちょっとのサラダ。まるいパン。そして肉。7人での食事だったが、息子がレジで払うのをこそっと見ていたら、4万6000円くらい払っていた。肉の後、アイスクリームとコーヒーとケーキが出たから、ステーキ代だけでどのくらいするのか正確には分からなかったが、僕の感想は「高い、もったいない」に尽きる。
 いくら景色がよくても、僕らは毎日のように見ている。なんでこんなに高いのにお客さんがいっぱいいるんだと、牛窓の中にあって、牛窓ではないような光景が不思議だった。
 食べ物にほとんど興味がないことで、何かを失ったような危機感はない。寧ろそれに費やすものから解放され、ある意味自由?気楽?に貢献してもっらったような気がする。
 ミディアム?分からん。最初から普通と言ってくれ。

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