悲願

 「あっ、先生がおられた」と言いながら入ってきた。僕は何十年、99.9%いるから、いること自体は自然なのだが、そういった言葉を出した彼こそ、今までとは打って変わってよい意味で不自然だった。
 前回の投薬から、まだ2週間経っていないのに、まるで別人のように感じた。前回までは、マスクでは隠せない無精ひげ姿だったのに、会社のユニホームを着て、醸し出す空気がまるで違っていた。
 1年以上パワハラで心を病んでいた青年にはもう見えない。「毎日楽しいです。幸せを感じます」と嬉しそうに報告してくれた。悲願の会社復帰ができたのだ。僕の悲願でもあった。
 いつから病院の治療を受けていたのか詳細は分からないが、徐々に精神病薬が増え、親が見切りをつけて訪ねてきてくれた。善良そうな人だったが、かなり傷ついていたのだろう、僕の前で懸命に平静を装う姿が痛々しかった。
 朝方まで寝付けない 食べると吐く いらいらして血が頭に上りリストカットをしてしまう 肌に触られると痛いなどなど。
 それらが2か月の漢方薬でほぼ解決。その結果が今日の会社のユニホーム姿。お母さんの殊勲打だと思う。安定剤や抗うつ薬でいつまで押さえつけておくのだろう、そういった母親の疑問が彼を救った。違う道を模索した家族の懸命さが快挙を呼び込んだのだ。
 こんな報告をもらった日は、ご褒美に3%のアルコール入りのジュースみたいなものを飲んで乾杯したいが、冷えて僕の体調を崩しそうだ。
 実は今同じくらいうれしい報告をもらった。今日はいい日だ。この年齢になると僕自身が楽しいようなこと、血沸き肉躍るようなことは起こりえない。人様のおこぼれを頂いて、すこし心が明るくなるだけだ。丁度冷気を突き刺して下りてくる、今日の太陽の光みたいだ。

 

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