扇風機

 「昔は暑かったねえ」と言われても、これだけ涼しい日に言われても実感がわかない。ちょっと薄着を後悔しているくらいの今日の気温だから。
 暑さで言うと昔のほうが暑くなかったが、妻が言うのは仕事中のことだ。冷房はなかったから、扇風機を回していた。それも薬を買いに来た人に向けて扇風機は回していたし、その方が帰れば切っていた。環境に配慮していたわけではない。単純に倹約していただけだ。
 風は来ないから、当然僕たちは汗びしょだ。おそらく額から汗を流し、Tシャツの胸元はぬれていただろう。だから首に回したタオルの端は胸もとでTシャツの中に入れ込んでいた。正中線辺りに集中してかく汗を少しでも吸い取り気持ちの良い状態にしておきたかったからだ。
 ただそれらの日常が全く辛くなかった。いくら発汗しても熱中症になることなど少しも考えなかった。健康は当たり前のようにそこにあった。今思えば過酷な日常も、当然すぎて問題にもならなかった。暑さも「暑いなあ」と言葉を交わすだけのもので、耐えようとも避けようともするものではなかった。山がそこにあるように、海がそこにあるように、暑い夏もただそこにあった。

 

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