農家

 この女性と電話で話をするのもこれで最後かと思うと少し寂しくなったが、おめでたいことなので、そんな気配を微塵も出せない。終始楽しく話しお別れの挨拶をした。
 と言っても長話をしたことはない。漢方薬の電話注文の時に主に容態を話し、ほんの少々生活ぶりが話題に上る。その話題で彼女の心や体の状態を推理する。
 短い電話でも楽しかったのは、彼女から届く言葉や雰囲気にとても癒されたのだ。漢方薬でお世話をする立場の人間が癒されてはいけないが、彼女が本来的に備えている優しさや気配りや、謙虚さなどがまるで砂浜に打ち上げられる波のように僕の心に押し寄せたのだ。その心地よさに僕は、彼女の抱えている体調不良を忘れるくらいだった。
 今日、今までのお礼の電話を頂いた。大都会に暮らす彼女がなんと県を越えて農家に嫁ぐのだ。僕は一瞬にしてそれ以上の薬はないと思った。大都会で1日パソコンに向かい、それで心身健康でおれと言うほうが無理だ。現代医学的な診断名をつけられている彼女だが、僕はそれが理解できなかった。心優しい女性が懸命に働き、気力体力を越えた時に不調になるのは命を守る反応だ。元気のままだったら命を奪われる。そんな自然な体の変化をも病気にされるのなら、診断と言う名の凶器だ。
 まったく僕には受け入れがたい診断名をもらっている彼女が、あたかも僕が暮らす牛窓みたいなところに引っ越せば、もうそれだけで治ってしまう。と言うか、会社を辞めることが決まった時点でほとんど治ってしまった。
 丁寧なお礼の電話に僕も心から喜び、はなむけの言葉を送った。「モンペ買えよ!」

 

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