お涙頂戴

 言葉が正確かどうかわからないが、遠隔診療? オンライン診療?なるものを間接的に経験した。実際に既にスタートしているのだ。田舎でのんびり暮らしているから、世の流れには全くついて行っておらず、医療関係の末席を汚していながら、経験したことがなかった。
 岡山市のある方から、医療用の漢方薬を在庫しているかどうかの確認の電話があった。医療用でもOTCでも結構マニアックな会社のもので、取り扱っている薬局や医療機関は少ない。僕は漢方薬を勉強し始めた40年前からそこの会社の漢方薬を中心に扱っている。台湾製漢方薬なのだが、煎じ薬に一番近いと思う。日本の漢方薬のように、成分より添加物の方が多いのではないかと疑いたくなるようなものもない。
 ある処方が処方箋で出ているそうで、どうしても今日その薬が欲しいと言う。何でも、あるトラブルを抱えていて途方に暮れている時に、偶然テレビで見たお医者さんがそのトラブルの名医だそうで、さっそく上京し診断を受けたらしい。2週間後の再診は、わざわざ東京まで行かなくてもオンライン診療で薬が処方されるらしい。当日の薬が手元になくて今日中に手に入れたいとのことだった。
 当然僕の薬局にはあって、どうぞと言うことになったのだが、東京の名医?が僕が好きな東洋薬行の漢方薬を使っていることが嬉しかった。大都会の名医と言われる方と、片田舎の薬害師の奇遇が面白かった。変わったお医者さんなのだろうなと想像していたら、午後に遠路、薬を取りに来た方が「とても良い先生で幸運だった」と言っていた。これもまた奇遇で不思議な縁を感じた。「とても良い大都会の名医」と「どうでも良い片田舎の薬害師」
 ちょっとの学力の差でこんなに差がつくのだ。道徳の本にでも載せたいくらいのお涙頂戴物語。

古賀茂明「官僚の思考停止が呼ぶ第4波」
 桜の開花が早いのは不吉の前兆。と言ったら怒られるだろうか。

 昨年の3月、安倍晋三政権は大きな間違いを犯した。感染拡大が深刻化し、東京などで事実上の医療崩壊が起きる中でも緊急事態宣言を出し渋り、3月下旬の連休で外出が増えて感染爆発となった。桜の開花が早かったのが拍車をかけたと言われた。その後、緊急事態宣言を発出したが、あまりにも遅すぎた。だが、当時の政府の対応について、政府として検証を行うことはしないまま、再び3月を迎えた。

 年度末から年度初めの人の移動が増える時期、学校も春休みで、しかも桜の開花が今年も早まった。宣言解除前から人出は増え始め、観光地にも人が増え始めた。誰もがリバウンドを懸念している。その少し前、感染者減少を受けて県独自にGo To イートキャンペーンを実施した宮城県では、感染者が急増して、県独自の緊急事態宣言発出に追い込まれている。こんな前例を目の前にしても、菅総理は21日で緊急事態宣言を解除した。

 自粛疲れで宣言の効果が薄れたし、他に手段もないから解除、というのが本音のようだが、それは本末転倒ではないのか。他に手段がなく、切り札のワクチン接種も遅れるのなら、感染爆発に備えた準備をするべきだが、その議論がほとんどない。

「最悪の事態」に対応するために今の法制度で決定的に欠けているのは、強制力を伴う外出制限(ロックダウン)など、個人の行動制限を認める法律と万全な補償措置の備えだ。欧米などには、「最悪の事態」への対応策のお手本がたくさんある。菅総理が指示すれば、人まねが得意な官僚たちが、過去問を解くように欧米流対応策をすぐに書き上げてくれるはず。もちろん、国会の議論には時間が必要だ。だからこそ、急がなければならない。6月16日の今国会会期末までに法案を通すには、今すぐに着手してもギリギリだ。

 欧米では、感染拡大のたびに強力なロックダウンをして、ようやく医療崩壊を食い止めてきた。それでもなお、今も変異株でロックダウンを再開する国が続出している。

 私が心配するのは、国会の会期末までにロックダウンを可能にする法律が整備されないまま、第4波を迎えることだ。変異株が猛威を振るい、ワクチン接種も進まない状況下では、第3波をはるかに超える感染拡大が起きる可能性はかなり高い。その先に待つのは、完全な医療崩壊が起きているのにロックダウンはできず、死亡者は急増、さらに、コロナ以外の患者の治療も行えない地獄絵。医療崩壊から社会崩壊にまで進む事態だ。

 菅総理は、いつGo Toを再開するか、五輪で日本人観客をどれくらい入れるかで頭を悩ませているようだ。それがわかっている官僚たちは、「最悪に備えてロックダウンの準備をしましょう」などとは言えない。そんなことをしたら夏の人事で飛ばされる。その恐怖感で官僚たちは萎縮し、アリバイ作りに汲々とする。

 菅総理の思い込みと頑迷さ、そして、官僚支配の恐怖によって、官僚の思考停止が続き、コロナが始まってから1年以上経つのに、いまだに最悪を想定した対応策がほぼゼロの事態が生じている。そんな国は日本だけだろう。これこそ国民にとって、最大のリスクではないだろうか。

週刊朝日  2021年4月9日号