親知らず

 ある若い女性に、近に親知らずを抜かなければならないから、今飲んでいる漢方薬を一時中止したほうがいいかどうかを尋ねられた。出血を止める血小板に影響を及ぼすことができる漢方薬はないと思うから、漢方薬は継続して飲んでいてもいいと答えた。歯医者さんが念のため質問したのだろうが、あまりにも若い人だからそれはないだろうと思ったが、言われてみると若い人でも病気によってはそのような薬を飲んでいる人がいても不思議ではない。やはり専門家で、ひょっとしたらご自分の患者さんでそのようなケースに遭遇したのかもしれないし、プロとしては当たり前のルーティンかもしれない。専門度が高いほどそうしたルーティンを重視する。傍で見ていてそう思う。職人技では許されない職業なのだろう。
 親知らずを抜くのは大変だろうが、まだ抜くべき親知らずがあるのは若い証拠。偶然僕も近に歯医者に行かなければならないが、先生に抜いてもらう歯は「恥知らず」

以下はプロの文章
平均賃金は韓国以下…「貧しい国」になった日本が生き残るための“新常識”
加谷 珪一 2021/03/04 06:10
「日本は世界でもトップクラスの豊かな先進国である」というのは、多くの日本人にとって当たり前の話だった。だがその常識は近年、音をたてて崩れ始めている。諸外国と比較して日本人の賃金は大幅に低くなっており、近い将来、中国や東南アジアに出稼ぎに行く人が増えるのはほぼ確実と言われている。
 多くの読者の方は「そんなバカな」と思われるかもしれないが、日本が急速に貧しくなっているのは紛れもない事実である。私たちはこの厳しい現実を受け入れ、従来の価値観から脱却する必要がある。
平均賃金ではすでに韓国以下
 OECD経済協力開発機構)が行った賃金に関する調査は衝撃的だ。2019年における日本人の平均賃金(年収)は3万8617ドルだったが、米国は6万5836ドル、ドイツは5万3638ドルと大きな差を付けられている。それだけではない。かつては途上国というイメージの強かった韓国ですら、4万2285ドルとすでに日本を追い抜いている。日本人の賃金は米国の6割程度しかなく、韓国よりも低いというのが偽らざる現実である。
 こうした数字を出すと、為替の影響があるので単純には比較できないという意見が出てくるのだが、OECDの調査は購買力平価を用いたドル換算なので、為替や物価の影響をすべて考慮したものである。数字の差は、各国の本質的な豊かさの違いと考えてよい。
初任給「50万」の壁
 もう少し分かりやすい例をあげてみよう。日本における大卒初任給は約20万円だが、米国では50万円を超えることも珍しくない。筆者は以前、香港のホテルで一杯飲もうとビールを注文したところ1500円以上取られてビックリしたことがあったが、海外では価格が高めの店に行くとビール一杯1500円から2000円というのはごく普通である。国内にいるとピンと来ないかもしれないが、海外にしょっちゅう行く人の間では、日本の豊かさは先進諸外国の3分の2から半分程度というのがリアルな感覚といってよいだろう。仮に賃金が安くても、国内の物価が安ければ生活しやすいという見方もできるが現実はそうはいかない。私たちが日常的に購入するモノのほとんどは輸入で成り立っており、海外の経済状況から影響を受けてしまう。海外の方が豊かであれば、輸入品の価格が上昇するので、日本人が買えるモノの量が減ってしまうのだ。自動車はまさにその典型である。
日本人にとってクルマはもはや高嶺の花
 自動車はグローバル商品なので世界中どこで買っても価格は同じである。トヨタ自動車の1台あたり平均販売価格は世界経済に歩調を合わせ約20年で1.5倍になった。だが日本人の賃金は横ばいなので、日本人にとってクルマはもはや高嶺の花だ。多くの若者が愛用するiPhoneは機種によっては1台10万円くらいするが、初任給が20万円の日本人と50万円の米国人では負担感の違いは大きいだろう。近年、食品などにおいて価格を据え置く代わりに内容量を減らすという隠れた値上げ(いわゆるステルス値上げ)が増えている。内外の賃金格差というのは、こうした形でジワジワと日本人の生活を苦しめていく。
日本人の賃金が上がっていないのは、バブル崩壊以降、日本経済が成長を止めてしまったからである。同じ期間で、諸外国は経済規模を1・5倍から2倍に拡大させたので、相対的に日本は貧しくなった。日本だけが成長から取り残された原因は、ビジネスのIT化を軽視し、従来の産業モデルにしがみついたことだが、これについては本稿の主題ではないので割愛する。
 原因はともかくバブル崩壊以後の「失われた30年」で、日本経済はかなり弱体化しており、私たちはこの現実を前提に今後のキャリアや資産形成について考えなければならない。
活路は「脱日本」
 海外の方が豊かになっているのが現実ならば、今後はその富を何らかの形で自身に取り込んでいく工夫が必要となる。
 これまで日本人の資産運用はほとんどが日本国内を対象としていたが、その考え方はあらためた方がよい。30年前であれば、日本における大企業は世界における大企業だったが、今となっては国内で大企業であっても、グローバルでは弱小企業に過ぎないというケースは多い。
 株式投資の王道は優良な大手企業に長期投資することだが、その基準に合致する日本企業は大幅に減っている。投資の初心者であればなおさらのこと海外企業に目を向けるべきだ。幸い今はネットが普及しているので、オンライン証券を使えば海外企業にも国内と同じ感覚で投資できる。
 仕事という点では、海外で稼ぐことも視野に入れる必要があるだろう。シニア層であれば、これまで得たノウハウや知見を海外で生かせる可能性は高い。かつて海外で仕事をするのは商社マンなどいわゆるエリート層ばかりだったが、状況は変わっている。
 東南アジアではすでに多数の日本人コミュニティが出来上がっており、日本人向けのサービスを提供する企業も多い。こうした企業は基本的に日本人相手なので、それほど英語ができなくても問題はない。
 若い人の中には、日本の大学を出て、日本人向けにサービスを提供するアジア企業にいきなり就職する人も出てきている。海外で稼ぎ、最終的には物価の安い日本で暮らすというライフスタイルは今後、当たり前のものとなるだろう。
現状を悲観するのではなく…
 国内から出る予定がない人でも、日本のモノを海外に売って稼ぐという手段がある。メルカリは海外の消費者向けに商品を購入代行するサービスを提供している。日本のグッズは海外では意外と高く売れるので、センスのある人はチャレンジしてみるとよい。現状を悲観するのではなく、外に機会が増えたと前向きに捉えることが重要だ。
(加谷 珪一/文春ムック 文藝春秋オピニオン 2021年の論点100)