家族の出入りは、裏の駐車場からだ。そこにはインターホンもついていて、薬局の用事ではない方は主にそこを利用してくれる。漢方薬を作っている僕は、すりガラス越しに人影くらいは判別できる。
 土曜日の朝、そこで人の気配を感じたので戸を開けてみると、ベトナム人女性が二人立っていた。一人は何とか日本語で意思疎通ができる。寮のある女性がお腹が痛いから見に来てくれと言うことだった。
 すでに郵送の患者さんの漢方薬を作り始めていたのだが、急いで寮に行ってみた。するとさっき呼びに来た二人が玄関のところで待っていて「オトウサン ウメ ミニイキタイ オリーブエン イッショニ イク」とにやにやしながら言った。外国人でも後ろめたい時は微妙な表情をする。要は腹痛を餌に僕を呼び出したってことだ。 
 僕の家族は特別ベトナム人にやさしいことはない。それは彼女たちはよく知っていて、すべて直接僕に頼む。ただし、彼女たちがオリーブ園に行きたい時間は、まさにぼくにとっては仕事中。行けるわけがない。だから当然「コンテー コンテー(無理、無理)」と断ったのだが、この断りが理解できなくて、「ウメ キレイ」を繰り返す。片や僕は「無理」を繰り返す。
 結局は珍しく僕が折れなかったので諦めてくれたが、嘘も方便、嘘は泥棒の始まりから始まったことは、直接謝られることはなかった。職業柄腹痛と聞いただけで頭の中の壊れかけたコンピューターを起動させるのだが、「嘘はいかんぜよ!」