記憶

 180cmは優に超えて、色もかなり黒い。ただアフリカ系の黒さではないし、アフリカ系の顔つきでもない。なんとなく近くから離れないのでこちらから声をかけてみた。「何人なの?」
 スリランカ人で造船所で働いていると言っていた。あまりよく知らないがインドの沖に浮かぶ国だと思う。そう言われれば、なんとなく顔も似ている。日本語が堪能で、その後少しの時間話をした。彼と話しながら僕は苦い記憶を蘇らせていた。
 もう10年以上前だと思うが、僕をしたって再来日したベトナム人奈良県の大学に入学した。秋に学園祭があり、ベトナム人のブースを設けて料理をふるまうからお父さんもぜひ来てくださいと誘われた。喜んではせ参じたのだが、その時偶然、そのベトナム人が友達になったと言う女性を紹介された。色が黒くてとても痩せていた。通訳だったベトナム人より日本語は上手で、大きな目に知性が光っていた。ただ、彼女は、学園祭が終われば国に帰ると言った。その理由を正すと、体調を崩してアルバイトができず、授業料が払えないからだと言う。当然僕は授業料など知っていたから、彼女を卒業させることは出来る。そこで僕が援助するから体調を回復することに専念したらと提案したのだが、3日後の飛行機のチケットをすでに買っていて、丁重に断られた。僕もとっさの判断だったから、ほかの手段を考えることは出来なかったが、もし情況をもう少し早く知ることができていたら、彼女が納得する形で話がまとまっていただろう。日本に何を期待してきたのか知らないが、彼女の夢を体調や経済で壊させずに済んだのにと、以来、僕の悔やまれる記憶となった。
 がっちりとした体格の若い男性の向こうに、僕は不健康そうでもけなげに出迎えてくれた若きスリランカの女性の姿を思い出していた。