釣り

 およそ50数年ぶりの釣りだった。かつて少年時代は、真冬でも雨の日でも釣りを欠かさなかった「われは海の子」だったが、釣りが生活の糧でなくなるとともに離れていった。子供たちが釣った魚がその日の主なるおかずになった時代を僕たちは少年として過ごした。
 コロナで町外に出ることを禁じられているベトナム人を何とか解放してあげようと思いついたのが釣りだった。海だらけの牛窓だからどこで竿を垂れても楽しめる。薬局から5分も歩けば、海岸に出ることができる。
 前日町内の釣り具屋さんで、初心者用の竿を5組買い、当日に餌を買い、意気揚々と出かけた。昔は桟橋からてぐす(釣り糸)だけで釣っていたから竿の経験はない。簡単に店主から教えてもらって、いざ出陣。釣りは初めてのベトナム人ばかりだったから、その光景をやたら写真に撮ってから始まった。
 ただ、釣れない。魚のあたりすらない。近くで釣っていた人たちに教えを請いながら頑張ったのだが、結局はひたすら瀬戸の美しい風景と美味しい空気を堪能しただけに終わった。釣りがこんなに難しいとは思わなかった。かつては子供でもいくらでも釣れた。魚が多かったのだろうが、最終的には、多くの餌を海に捨てて帰った。
 半世紀も経てば多くのことが変わっていても不思議ではない。岸壁に横たわり手を伸ばせば海面に届く。こんなに海は近くになかった。明らかに海面は上昇している。いつか近い将来、そのことでコロナ以上に苦しむだろう。もっともっと質素につつましく暮らせばよかったのだ。