年賀状

 僕の家には郵便配達の方は11時から12時の間に来るのが普通だ。今朝教会にベトナム人を連れて行くために寮を訪ねると、開口一番「オトウサン ユウビン ミタ?」と声をかけられた。午前9時ごろだから郵便受けを覗く習慣はない。見ないと答えると、同じ言葉を繰り返す。年賀状のことを言っているのかなとなんとなく気がついたが、まだ配られる時間ではない。そこで見ていないと繰り返すと、「ミテクダサイ」とひつこく言われた。教会に程よい時間に到着するように行動していたから、僕にとっては余分な行動だったのだが、仕方なく家に引き返してポストを覗いてみた。すると数枚の年賀状が入っていた。見ると拙い平仮名で書いてあり、住所は書いていないし、勿論切手も貼っていない。そこで全て飲み込めた。日本の習慣の年賀状を彼女達は、書いたのだ。それもかなり興味深く。そして夜か早朝にポストに入れてくれたのだ。
 寮と言っても隣だから、歩いて数十秒だが、一枚目の年賀状を見てから足がすぐ止まった。来日してまだ数ヶ月なのに、気持ちが十分伝わってくる。
恐らく日本語の先生に授業中に教わって書いたのだろうが、伝えたいことはそれぞれがオリジナルだ。
 昨年の感謝と、新年もよろしくといった常套句は別として、ある人は僕の健康を、ある人は僕と妻の健康を、ある人は僕がおせっかいで色々な日本の風習や文化を紹介していることに対する感謝を、そして一番心を打たれたのは「あなたに あえて よかったです」と言う言葉。これ以上の感謝の言葉は無い。10数年前は、来日するベトナム人は全員が質素な身なりで長い髪を腰まで伸ばし、日本での行動は制限され、ただただ働いていた。今では来日してすぐの人のほうが僕より多くのものを持ち、自由に飛び回る。下手をすると日本の若者より豊かなのではないかと思うような人もいる。僕は比較的、日本の若者との接点は多いほうだが、残念なことに知り合うきっかけのほとんどが病気を介してだ。病気以外の話題で向き合うことはほとんどない。この国の、忘れられ置き去りにされる若者の役に立ちたいが、接点は広がりを見せない。ただ気持ちはこの国の若者達が、外国人より見劣りすることを安穏として見れるタイプではない。上質な外国人がやってくることには異論はないが、国にいて社会に貢献できないような人間も多々紛れ込む。
 今のまま無尽蔵に移民を受け入れていたらやがてヨーロッパのように、アメリカのように排斥にシフトを変更せざるを得ない。双方にとっての不幸をヨーロッパを教訓に学ばなければならない。
 明日頼まれてツアーガイドとして京都に行くが、ますます外国人だらけの、交通マヒ都市を悪戦苦闘して移動するのだろう。地元の人がバスに乗れない街なんて何の意味があるのだろう。何十年か前の東南アジアの国々と同じことをしているのが現代の日本だ。どこまで落ちるのだろう。