沈黙

 10時頃、ある方から電話がかかってきた。辛うじて落ち着きを保っているが、その時間帯に勤務している病院から電話をしてくるのだから何かあったのだろう。案の定、脈が飛び動悸がするらしい。不整脈の検査はしてもらったが病気が見つかったわけではなく、処方された薬も飲んでいない。結局は僕の漢方薬で解決して楽しく過ごしていた。  何があったのか分からないが、急に動悸がし始めたらしい。病院でもらった薬を持っているから飲んでみようかと言うが、原因もないのにくれた薬だから薬自体にも不安を感じている。しばしの沈黙が続いたから僕が口を開いた。「もって行ってあげようか?」これで全て解決だ。まさか車で1時間近くかかるところに持ってきてとは言えないだろうから、どうしようか迷ったのだろう。沈黙の瞬間は策を色々めぐらせた時間なのだ。僕には切羽詰っている様子が十分伝わってきたから、あの答え以外にはない。安心したのか「午後から大切な会議があるんです」と最大の理由を教えてくれた。  恐らく激務続きで体力を落として、久しぶりに不整脈を起こしたのだろうが、漢方薬で簡単に乗り越えることが出来れば、自信にもなるし、何よりも病気ではなくなる。単なる不調ですんでしまうのだ。命にかかわらないという理由で、不整脈の多くの方が薬を処方されない。不整脈の薬が不整脈を誘発するというデータが蓄積され、命にかかわる不整脈しか相手にされなくなったが、こうして不快に苦しむ人は結構いて、しばしば漢方薬を求めて相談に来る。  僕が配達に行くわけではないのでえらそうなことは言えないが、いいことをするって気持ちがいい。医療従事者だからプライドもあるだろう、病院の玄関でさりげなく薬の入った紙袋を手渡すことにした。合言葉は「北の将軍様」「アベ」にしようと思ったが「プー沈」「アベ」、いやいや「トランプ」「アベ」がいいかな。