大百姓

 いわゆる大百姓。広い土地を持って、一所懸命百姓をやって来た。家は栄え次の世代も良く働き、専業農家で生計を立てている。こんなお百姓ばかりだと日本の農業も衰退しないのにと思うが、なかなか多くはない。よほど肥えた土地を持っていれば別だが、多くは兼業農家で、そのうち嫌業農家になって土地を荒らす。  大百姓なのにお金には細かくて、よほどのことがない限り使わない。自分で「来年はもういないじゃろう」と言うくせに、来年いるためにほんの少しばかりの健康投資もケチる。眼科の処方箋を持ってきて、100円台の料金を払い、自分の体調不良を嘆く。脊柱管狭窄症に、不整脈に、便秘。どれも漢方薬でお世話できる。ところがそれは倹約の対象で、飲むつもりもない。だったら口に出すなと言いたいが、挨拶程度なのだろうから我慢。でもそれが毎回だとさすがに僕もストレスで不整脈になりそうだ。  市民病院に頼まれて2年間処方箋調剤をしてきたが、こうした以前ならありえない会話をしなければならなかったのが大いなるストレスだった。僕の薬局には絶対来なかった人たちが、1日何人もやってくる。僕は処方箋を見ながらこれは漢方薬で治すことが出来るのにと反射的に処方が浮かぶが、それを口に出すのは御法度だし、飲む気もないのに、僕の薬局に来たから興味本位だけで漢方薬の話をする患者達の相手をするのも空しかった。  最近は、合理主義か、利己主義か、権利主義か、恩知らずか何かよくわからないが、僕の知識だけを上手く盗もうとする人が時に紛れ込む。何十年懸命に勉強してきたことを、いとも簡単に盗もうとする。ことさらこの国の美徳をある種の人たちは美化するが、僕にはそんな郷愁はない。毎日数え切れない犯罪が行われ、その何倍もの法律では罰せられない悪意が行われている。  娘夫婦がこのところ薬局の雰囲気を大きく変えている。それに気づいた人たちが良く褒めてくれる。嘗てのように、善良な人たちが、目的を持って訪ねてくれる薬局にしたいのだ。僕も、いつまでも田舎の心を持った薬局にしたい。