飛行場

 岡南のハッピータウンから出て、広い駐車場を自分の車まで歩いていた。上空でモーター音がするから見上げると、真上ではなく南の空にセスナ機が飛んでいた。セスナ機だからエンジン音だと思うのだが、正にモーターの音のように聞こえた。  昔岡山県の飛行場は岡南と呼ばれる淡水湖付近にひとつだけあった。実際に見た事が無いから想像でしかないが、ジェット機が飛べないという理由で県の中央部の丘陵地帯に飛行場が移されたのだから、飛行機をよく利用する人だったら規模は想像がつくかもしれない。そんな場所だからセスナ機が飛んでいてもなんら不思議ではなく、僕も過去数回セスナ機が飛んでいるのを目撃したことがある。ところが今日のは明らかに飛び方が変わっていた。  まず、僕が音がするほうを見て見つけたのは、かなり低いところを飛んでいた飛行機だった。正に着陸態勢に入っているかのような姿だった。ところがその飛行機が急に上空目指して飛び始めた。僕は着陸に失敗したのだと思ったが、そうではなかった。その飛行機は、羽を左右に揺らせながら高く上がり、又降りてきた。危ないのではと思わせるほど地面に近いあたりで、又上昇し始めた。そして今度は急上昇したかと思うと背面飛行になり円を描いて降りてきた。その他数種のアクロバットな飛行をして、最終的には滑走路に下りたみたいだ。家々の屋根で飛行機が隠されたから、着陸したのだろう。大きな爆発音も煙も無かったし。  観客がいて飛行ショーをしていたのか、練習か分からなかったが、とにかく僕は初めて曲芸飛行なるものを見た。色の付いた煙を吐きながら、或いは何機かが編隊を組んでなどとテレビでは見た事があるが実際には初めてだ。ただ、残念ながら、感動は無かった。ほんの数分の出来事だったが、心の中に入りこむものは何もなかった。  そのあたりの人はひょっとしたら見慣れているのか、駐車場には結構な人がいたが、僕みたいに足を止める人は誰もいなかった。人それぞれが、それぞれの思いで暮らし、この社会を形作っている。皆が同じ価値観で同じ方向を向くことは無い。あの曲芸飛行の下では多くの人が拍手喝采を送っているかもしれないが、少し離れた駐車場では誰も目もくれない。ただ見の僕以外はきわめて健全だ。  南の風が気温をどんどん上げて、厚着の僕を汗ばましたが、何時代に返したいのかと思われるような気持ちの悪い風が世の中では吹き始めている。人様を傷つけない範囲でどちらを向いていてもいいような時代を終わらせてはいけない。