先生

 朝の6時はやっと明るくなりはじめで、まだかなり薄暗い。寒いという言葉を出しても不思議ではないくらいその時間帯は冷えている。だから箱根駅伝の選手が来ているような大きなスポーツ用のコートを着て散歩に出る。でも20数年前に買った物だからとても重く、着ているだけで肩が凝る。  土曜日の朝は、NHKで講演会の録音が放送される。今朝は5分遅れぐらいで聞き始めた。だからタイトルも講師も分からないまま聞き始めた。ただすぐに薬についての講演だと分かった。いったいどのような人を対象に話しているのだろうと思いながら、頭はラジオに、足は地面につけたまま結局6時50分までテニスコートを何十周もした。薬についての話を聞くのは実は結構苦痛だ。朝のきれいな空気を吸いながら、ウォーキングで体にスイッチを入れている時間帯に、職業に直結するような事柄は避けたいから。ただし、今日の話には何故か気持ちが集中してしまった。テーマは薬の吸収から代謝までの過程や仕組み、そして鎮痛剤の効き方だったのだが、とても分かりやすかった。職業柄使われる単語のほとんどは理解しているつもりだったが、正確にと言う点ではとてもおぼつかない。いつも通り20分でウォーキングを切り上げなかったのは、質の高い復習が出来ると途中から気がついたからだ。  こんな感じで学生時代授業をしてくれる先生がいたら、僕ももう少しは授業に出て、薬についての知識を積めたと思う。そしてそれらが生かされる道を歩んだかもしれない。薬科大学に入りまるで文系かと言うような本ばかり読み漁っていたから、薬剤師としては失格だが、まあそれだからこそ人間失格にならなかったのかと、勝手に手を打っている。  放送の最後になり、なんとなく声や喋り方で講師は、土曜の夜のニュースワイドにコメンテーターとして出演している東京大学の薬学部の先生かと思っていたら、なんと岐阜薬科大学の教授だった。名前を聞いても知らなかったから、僕とは大学で出会わなかった人か、或いは他大学からの人か。もし出会っていても天地の差だから交わってはいないだろうが。  散歩から帰って妻に「あんな先生が当時大学にいてくれたら」と話をした。するとやはり妻は僕の一番の理解者だ。「そんな先生がいてもどうせ勉強はしていなかったわ。興味がそっちには全然向いていなかったんだから」「あたり」