出会いと別れ

 我が家は1階が薬局で、2階、3階が居住空間だ。その2階まで自由に出入りしていたかの国の女性が帰っていった。そこまで自由なのは、一昨年帰った女性と二人だけだが、帰っていった女性の仲間が後日、「○○さんは、オトウサンのことを本当のオトウサンのように言っていた」と教えてくれた。逆に僕はその女性のことを本当の娘のように・・・は思っていなかった。本当の娘なら感情が先行して過度に干渉してしまうかもしれないが、彼女には適度な距離感を保ち、家族を置いて単身過酷な労働に耐えながら暮らしている一人の尊敬すべき女性として接していた。  丁度こうして書いているときに、かの国から電話をしてきた。電話代が高くて気の毒だからすぐスカイプに切り替えようとしたら、向こうが未だその準備が出来ていないらしい。今までなら明日の朝一緒に教会に出かけるところだから、里心がついたのかもしれない。日本に対して恐らく好印象を持って帰ってくれたのだろうと、今日の電話でも推測できた。  出会いと別れを頻繁に経験するようになって、そのこと自体に淡白になりつつあるのを感じるが、思えば僕の職業自体が出会いと別れの果てしない繰り返しだった。相談に来てくれる人の多くが、治って、あるいは治らなくても去っていく。職業柄いわゆる常連さんというのは喜ばしいことではないだろうから、別れの連続だ。何十年も別れの訓練を積んだことになる。  その時々の感情の起伏はあるが、振り返ってみれば結構人生と言うものは淡々としたもののような気がする。