日本のエーゲ海

 風が吹けば寒くて、無風なら冷たい。じっと薬局の中にいる僕は戸外の正確な情報がつかめないから、挨拶が正確ではないかもしれない。 日本のエーゲ海と銘打って観光客を呼び込もうとした頃もあったが、今は誰も口にしない。それはそうだろう、日本海のあの薄暗い冬の海でも日本のエーゲ海で売り出していたところがあったのだから、言ったもの勝ちでは価値がない。せめて牛窓くらい温暖な所なら許されるかもしれないが、雪で凍える町には似合わないだろう。  「冬、千手の峠が凍るようなことはないんですか?来れないと困ります」と、初めての牛窓の冬を経験するくみちゃんが心配顔で言った。恐らく岡山県でも玉野市と並んで一番温かいだろう牛窓で、路面が凍るようなことはない。まして彼女が出勤してくる頃には、多くの車が通った後だから、氷も溶ける。  経験すればすぐ分かることでも、未知なる分野を正確にイメージすることは難しい。しかし日本のエーゲ海と実際とかけ離れた冠でもつけられと、俄然想像力はかき立てられる。そう言えば嘗て、何々銀座というのがどこの町に行ってもあった。およそ銀座とはかけ離れた寂れた商店街でも名乗っていた。大風呂敷甚だしいが、錆びたアーケードの入り口に悪びれもせず看板が掛かっている。僕に言わせればこの誇大広告は銀座ではなく土下座だろうと思うのだが。