優勝

 息子さんが直接相談に来たのではないから、何があってそうなったのか分からなかったが、急激に10Kgくらい痩せて、毎日仕事に行くのが苦痛で、会話もしなくて困っていると母親に相談された。病院から当然うつ病の薬を貰って飲んでいるが一向に改善しないから母親の独断で相談に来たらしい。  運が良かったのはその独断を息子さんが喜んでくれて、以来きっちり2週間分ずつ母親が煎じ薬などを取りに来た。そのうち本人が直接漢方薬を取りに来るようになった。食事をしようと一口ご飯を口に運んだだけでムカムカが始まるのが治って、僕を信頼してくれたみたいだった。初めはほとんど会話も無く、ただ漢方薬を取りに来ていただけだったが、そのうち症状についてぼつぼつ話してくれるようになり、何より笑顔がこぼれるようになった。元々生真面目そうな人だが、それでも笑うと空気が一瞬にして和む。 結局1年半くらい飲んで完全に元に戻った。もっとも僕は元を知らないから、本人の主観だけが判定材料だが、本人が納得しているのだからそれにこしたことはない。そして何よりそれが正解だろう。  つい最近、彼があるテニスの大会で優勝したと風伝いに聞いた。彼の名は何かを織るような名前・・・なんて言うとみんな期待するだろうが残念ながらそんなに有名な人ではない。いや超無名だ。いやただの素人だ。それでも動くことすら億劫で出来なかった人が好きなテニスを復活し優勝したなんて聞くと、田舎でもくもくと薬局をやっていて良かったなどと感傷に浸ってしまう。  僕が治したのか、漢方薬が治したのか、母親の愛情が治したのか、牛窓の風土が治したのか分からないが、願わくばもっと牛窓らしい病気になって欲しい。ウツなんて都会すぎて似合わない。せめてオコゼに刺されたとか、ミツバチに刺されたとか、後ろ指をさされたとか、冬瓜の毛に負けたとか、ウルシに負けたとか、世間に負けたとか・・・