忘れ物

 一泊二日の強行軍で奈良からやって来た子の中に、若いのに「忘れ物上手」の子が一人いて、折角友人が買った服を高松に忘れてしまった。と言うのは、僕が高松に連れていくために車で玉野に向かっているときにまず最初の忘れ物を白状した。「お父さん、携帯忘れた」若い女性にとって携帯はかなり大切なもののはずだが、それを我が家に忘れたらしい。引き返すことが出来ない辺りで思い出したから、それは送ってあげることで解決したのだが、服の方は当日高松で、それも商店街の真ん中で正にコンサートが開かれていた場所での忘れ物だから、それが出てくるのはかなり確率的に低いとすぐに想像した。 翌日奈良から電話があってそのことを知ったのだが、今更どうにもならないだろうと思いながらも、常に日本人の道徳を自慢していた僕には一縷の望みもあった。彼女たちが懸命に選んだ、おかげで僕は1時間無意味に好きでもない音楽を聴いていたが、50%引きの服は高松では有名な百貨店の紙袋に入っていた。そして彼女は、その交差点にある商業ビルの2階にあるスパゲッティの店で、僕が精算をしている間に店の外にあるベンチに忘れたことはハッキリしていたのだ。 紙袋に服を買った店の名前が入っていた。それを忘れた場所も覚えている。だから僕はまずスパゲッティー屋さんに電話を入れてみた。すると即座にそんな忘れ物はなかったと答えられた。この即座が僕には不快だった。何となく他のスタッフに尋ねるとかそれらしいことをした後の結論ならまだ良いが、全く気持ちは伝わってこなかった。  次にその服を買った店に電話してみた。するとそこの経営は大手百貨店だった。近くに百貨店があったから別のものかと思ったが、経営はその百貨店だった。さすがにこの百貨店の対応はこちらが潔く諦められるくらい丁寧だった。担当の人が電話口に出るやいなや、色々な可能性を考えてくれて、色々と照会してくれた。これだけ手を尽くして貰ったのだから仕方ない、かの国の子達にもそう言える。  時になくしたものが手元に届くという美談が伝えられるが、今回は残念ながらその美談をかの国の子達に経験して貰うことは出来なかった。もしそれが実際に起こったら、国に帰ってどれだけ日本のことを良くみんなに伝えてくれるだろうと思うが、それはかなわなかった。  正味払ったお金は2600円くらいに見えたが、彼女たちにとっては大金だ。落胆振りが電話口から伝わってくる。忘れ上手の女の子に僕が電話口で言ったことは「牛窓での想い出を忘れないでね。それは宅急便では送ってあげられないよ」