失敗

 どう見ても僕の趣味でないことは分かるから、僕に言うべきかどうか迷いながらそれでも結構多くの人が、薬局の中の雰囲気を褒めてくれる。一番褒めてくれるのは腰掛けが2つしかない喫茶コーナーだ。薬棚で少しだけ隠れるようになっているが、全部隠れてはしまわない。寧ろ、陳列している薬の向こうに人はしっかりと見える。ただ壁に向かって腰掛けるようになっているから誰だか分からない仕掛けはしている。 僕の習慣からするとコーヒーを飲む人が圧倒的に多いと思ったのだが、意外とコーヒーを所望する人は少ない。普通のお茶が胃に楽なのかどうか分からないが、圧倒的に多い。ただ僕の薬局では普通のお茶は出さない。普通では面白くないからとっておきのお茶を出す。すると薬が出来上がって会計をするとき「心が和みました」などと礼を言ってくれることが多い。報われる瞬間だ。娘達が選んだ家具で、姪が作った特別なお茶で、漢方薬をフォローしてくれるくらい交換神経が緩んでくれればこんなに有り難いことはない。それこそが全ての病気の解決方法だと思っているから。  ところでとっておきのお茶の正体は、ほとんど僕の目算の誤りの結果なのだ。超デスストックの代物なのだ。だいたい商売のセンスはこの仕事を継いだときから無い。それは良く分かっていたから、実績で評価されるものを頑張るしか無かった。漢方薬の効果を極めれば田舎でもやっていけると思い、そのことだけを頑張った。なんとかその努力は報われているが、35年前に感じたセンスのなさは未だ証明中だ。何故ならセールスが持ってきた新製品に惹かれ、仕入れたもので売れた物はこの10年無い。これはきっと人気商品になると直感で仕入れた物のほとんどが、デスストックになった。例の特別なお茶が正にそれなのだ。漢方薬を沢山扱っている薬局だからと、目新しい薬草で出来たお茶を新発売するたびに問屋が持ってくる。僕はそんなものを見るとすぐにヒットするんじゃないかと思って仕入れてしまうのだ。ところが今はみんな無駄な買い物をしないから全く売れない。だからどんどん不良在庫で残ってしまう。そこで思いついたのがそうしたお茶を皆さんにサービスで出してあげれば喜ぶだろうと言うことだった。案の定、多くの人が例のコーナーで美味しそうにお茶を飲んでくれるようになった。結構1杯辺りにすると高いものなのだが、あの高い評価を得て、僕の仕入れの失敗を補ってくれることを思うと安いものだ。お茶を飲んで少しだけストレスから解放された人を見て、僕自身がストレスから解放される。正に仕入れの失敗がもたらしてくれた、ひょうたんから「こまー」だ。