雲博士の妻が「お父さんちょっと見て!」と僕を外に連れだした。見ると空一面が、正確に言うと南の一部を除いて、鱗雲に覆われていた。その範囲も圧巻だったが、今朝の鱗雲の特徴は一つ一つがとても細かかった。無数の鱗雲が・・・と小説のように表現しても違和感はないくらいだ。余りにも細かい雲がそれこそ鱗の如く広がっていたので、綺麗とは思えなくて、寧ろ気持ち悪かった。手が届くなら、台所から刺身包丁を採りだし、それを空に立てて左右に動かし、鱗をとってやりたいくらいだった。  秋は空からばかりやってくるのか、駐車場の草むらの上を赤トンボの群が飛び回っていた。まだどれも小さくて、秋の始まりを象徴している。この2日、窓を開けて寝るとあまりの寒さに震えなければならないくらい気候が急変したが、それを察知して回りのもの全てが移ろい始める。僅か数度の差でこんなに過ごしやすくなるのかと、待望の季節に感謝する。過酷の中で鍛え続けた嘗ての少年も青年もいず、今はひたすら穏やかな日々を追い求める僕がいる。