条件反射

 ひょっとしたら午前中からその音は聞こえていたのかもしれないが、昼過ぎからはっきりと意識するようになった。我ながら結構仕事には集中しているのかもしれない。 あの音は、と言うよりあのリズムはきっと和太鼓の音だ。しかし、どうして中学校から聞こえてくるのだろう。土曜日だからどこかの和太鼓のグループが合宿にでもきているのだろうかと、希望的観測をしていた。ただ、何故か聞こえるのは一つの太鼓の音だけだ。そうなると誰か和太鼓が好きな人が個人で練習しているのかと、一気に希望はすぼんだが、それでも牛窓に一人でも太鼓を叩く人がいると言うことで慰められた。そのうち横笛の音もし始めたから、やはりグループで練習しているのだろうと希望が少しだけ繋がった。  3時頃だったと思う。段々音が大きくなり、結構身近に聞こえるようになった。その頃から色々な管楽器が思い思いのメロディーを奏でるようになっていた。それで、希望的観測が所詮希望的観測でしかなかったことが分かった。  バスやトランペットの音が優勢になったので、ブラスバンド部の練習なんだと分かったが、いつも聞こえてくるより近くに聞こえた。音楽室は校舎の3階にあるのだが、何故かもっと近くで聞こえる。  薬局に入ってすぐの所にベンチを置いてあるが、そこに腰掛けて音がする方を見てようやくさっきからの微妙な距離感の違いが理解できた。本来なら中学校の体育館は見えないのだが、前の土地が駐車場になってからは、視界を遮るものはない。体育館が真正面に見える。玄関まで数十メートルだろうか。おまけに今日の暑さでありとあらゆる戸を開放しているものだから、体育館の中が結構見えた。開放された引き戸に次から次へと色々な楽器を持った生徒達が現れては消える。そうマーチングの練習をしていたのだ。  テレビでしか見たことはないが、マーチングの根性物語には感動を覚える。それを生徒数が少ない牛窓の中学生が挑戦しているのかと思うと、応援したくなる。恐らくパーカッションが和太鼓に、ピッコロかフルートが横笛に聞こえたのだと思うが、その程度の実力かもしれないが、我が田舎町の中学生がマーチングに挑戦してくれていることが嬉しかった。 何時間も近くで未熟な音を出し続けていたが、不思議なことにうるさいなどとは全く感じない。教育という名のものなら何でも受け入れようとする大人達の条件反射なのかもしれない。寛容などと言う欺瞞の響きはそこには入り込めない。