連鎖

 日曜日の夕方帰ると、妻が宅配便で届いた荷物を持って降りてきた。名前に心当たりがないらしくて、開けようにも開けれなかったのだろう。僕の名前の後に皆様と書いてくれていたので開ける権利はあったのだろうが、人物が特定できなかったので躊躇ったのだろう。  僕も誰か分からなかった。開けてみようと言うことになって開けると、綺麗な箱に入ったチョコレートとミラノの絵はがきが入っていた。そして絵はがきの裏に書いてあった名前で初めて送り主が分かった。嘗て過敏性腸症候群漢方薬を飲んでもらった女性だ。結婚したらしくて連休中の新婚旅行で訪ねたイタリアのお土産を送ってきてくれたのだ。どおりで名前が分からなかったはずだ。結婚後の名前だったから。カッコして旧姓を書いてくれていたので分かった。  この女性は関東から訪ねてきてくれて、泊まっていった女性だ。関東に帰ってからこの女性はことある毎に人生相談の電話をくれた。漢方薬を飲んでもらった印象より、人生相談に乗った印象の方が強い特異な人だ。この女性は武術を習っている人でいわゆる体育会系っぽかったが、それだからこそ直線的な視野しか持たず自分を追いつめる傾向があった。カーブばかりの僕の助言が必要だったのだろう。そうしないと物事にぶつかるたびに心が折れそうだった。その折れ方がいわゆる体育会系の特徴なのだがポキッと単純骨折気味なのだ。簡単に折れてしまうのだ。 仕事のこと、恋愛のこと、僕の苦手な分野ではあったが、薬剤師だからこそ出来た助言があって、今日届いたお土産があるのだろう。「お陰様でよい縁があって・・・」の文章で、嘗て僕が美談に走らないようにと忠告したことを守ってくれたのだろうと想像できる。僕は彼女に幸せになって欲しいと思ったのではない。「幸せ一杯になって欲しい」と思ったのだ。薬剤師なら予測できる重荷を背負わせるのは不憫だった。だから僕としては珍しく忠告したような記憶がある。  漢方薬の縁が切れて何年も経っているのに、気に留めてくれていたのだと思うととても嬉しい。チョコレートは勿論とても美味しくて、妻は止めるのに苦労していたが、家族と姪と明日来てくれる助っ人の薬剤師さんに一つずつ頂いて、後は明日来るだろう患者さん達に食べて貰おうと思う。10年前のカルテの中でピースをしている彼女の笑顔がみんなに連鎖して欲しいから。