生業

 この女性の特徴なのだが、一つ一つ言葉を確認するように話す。机を挟んだ対面で「勉強しかしていませんでした」という彼女の言葉を「勉強だけしていなかった」僕が聞く。二回りほど若い女性薬剤師と僕は、まるで正反対の学生時代を過ごしているが、そんな二人が僕の薬局で机を挟んで腰掛けている。嘗て勉強していようがいまいが、同じ場所で同じ空気を吸っている。それならまるで勉強をしなかった僕が得をしている。 1年くらい前から彼女は漢方薬の勉強に来始めたのだが、結局はその漢方薬の道を僕が閉ざしたようなものだ。外部から見ていたら、漢方の世界は面白いのかもしれないが、実際に進行していることを知れば先行きに不安を持ち、調剤薬局勤務の薬剤師から進路を変えることを躊躇うだろう。僕はずっと漢方薬の現場にいるから、漢方の大きな流れを知っている。それはこれから漢方薬を勉強し、それを将来生業にしようとする人にとっては厳しいものだ。僕が今見知らぬ土地で新たに開業してもやっていくことが出来るかどうか自信はない。それが証拠に最近開業したところはことごとく討ち死にしている。  漢方の知識だけではなく、患者の苦痛を少しでも軽減するために、ありとあらゆる持てる力を発揮しなければならない。それもかなり個性的に。その点は生真面目に過ごしてきた人には難しい。それを彼女は悟ったようだ。僕の薬局が変わっているとは思わないが、飾ることが苦手な薬剤師の前で飾ることを止めた患者さん達が、心を解放する瞬間に立ち会えるのは喜びだ。  穏やかな表情、仕草、語り、どれをとっても申し分ないが、溢れるほどの善良も相手によれば時に息苦しさに変わる。壊れかけた危うさの中で光るものを身につけたとき彼女は生業を考えてもいいのではないかと思っている。