話の中に何度も「クリ」という言葉が出て来るが、どうもその意味を前後の文脈で推測できない。最初は我が家の死んだクリのことを言っているのかと思ったが違うし、僕の好きな栗のことでもなさそうだし、真面目な人だから「○○してくり」なんてギャグを飛ばしそうもない。もう終いには恥も外聞もなく「教えてくり」なんて言おうとしたが、そこは相手の人格に合わせた。 いたって正統派で「クリってなんですか?」と尋ねた。するとお坊さんが住む住居のことだと教えてくれた。そう言えばクリ(庫裏)という単語は聞いたことがある。ただ滅多に耳にしない言葉だったから、すぐには分からなかった。  面白いのは、何度もクリという言葉を出しているのがブラジル人だってことだ。流ちょうな日本語を喋るから、およそ話し方だけではブラジルの人とは分からないが、確かにブラジル人なのだ。彼が日本語以外を喋るのを聞いたことがないから、ネイティブのポルトガル語を聞いてみたい気がするが、別にタレントではないのだから興味本位なことは慎みたいと思っている。 日本の神社仏閣にとても興味がある人で、僕なんかの知識をはるかに越えている。そんな彼が面白いことを言った。「牛窓の良い所は全部お墓が建っている」と。なるほどそう言われてみればそうだ。南向きのなだらかな斜面は幾箇所も墓地になっている。古人が死んだ人を丁寧に弔ったと言えばそれだけだが、まさか将来よその土地の人がそんな景色の良いところを好んで越してくるとは思ってもみなかっただろう。観光地として、保養地としていくらでも開発できる所がお墓では手も足も出ないだろう。特に足は出ないかもしれない。 職業や興味などによって人それぞれの見方があるものだ。日本人が失ってはいけないものをポルトガル語を母国語にする人が懸命に守っているのだから、頭が下がる。いや、前に揃えた両手が下がる。