返還

 「さすがに野ウサギを見るのは珍しいですね」と言う言葉自体が珍しい。この辺りだとあり得ない会話だ。ただその方の住む所は牛窓よりかなり北、それも山里?を連想するような土地だからありうるのかも知れない。  「猪と遭遇するとさすがに恐いですね。結構大きいんですよ」も又さすがと言うしかない。なんでも愛犬と散歩していたらしいのだが、結構猪と近づくまで犬が気がつかなかったらしい。室内犬だから自然の能力が欠如してきているんだろうとは僕の意見だが「でも犬だったら気がついてよと言いたいですよね」と彼女は笑いながら答えた。「猪は夫婦だったんですよ。本当に恐かったです。犬を抱いて必死で走って逃げました」とまるで目に浮かぶ狼狽ぶりを教えてくれたが、2匹を夫婦だと断定したところが少しだけ気になった。大きな猪が2匹いたらしいが、それだけで夫婦と決めつけることは出来ない。兄弟かもしれないし、姉妹かもしれない。従姉妹かもしれないし近所の連れかもしれない。恋人かもしれないし敵どおしかもしれない。  こうして笑い話に出来るのは彼女が無事だったからだが、今地方は時代を何歩も引き返している。嘗て開拓されたところを自然に返還しているようなものだ。それはそれでいいのではないかと思う。悪戯に人間様だけが縄張りを広げてきたのだから、そろそろ他の動物に返しても良い。特に福島などはいやがおうにも全面返還しなければならないのではないか。やはり住むことは出来ませんでしたと、数年後に実例を持ってみんなが悟るようなことがないように祈っている。