罪滅ぼし

 帰りの車の中の沈黙は、今まで経験したことがないものだった。行きの車のかしましさとはうって変わっていた。 かの国からやって来て、日本で神父になるべく勉強をしている男性がいる。かの国では高校の先生だった人で、話をしても分かるがとても知的で正義感のある人だ。日本で今哲学を勉強しているのだが、その為の必要な言語は勿論日本語とラテン語とドイツ語とフランス語と・・・他にもまだ上げていたように思うが、日本語オンリーの僕にはもう二つ目からは異様な世界だから耳には入らなかった。  かの国のいつもの若い女性達が、半年に一度しか来岡できないその男性に会いたいと言うから、岡山教会で待ち合わせをして、ネットで調べていたかの国の料理の店に連れて行った。居留守まで使ってかの国の料理から逃げるばかりの僕にとってはまるで苦行を覚悟していたのだが、さすがに日本人を客にしている店だけあって、全部美味しく食べれた。いつも料理を作ってくれる女性にコースで出される料理の評価をその都度尋ねたら「まあまあ」を連発していた。男性の解説によると、料理は完全にかの国のものと同じだが、タレや香辛料を日本人好みに変えていると言うことだった。4割がかの国の味だと言っていた。  普段母国語で会話が出来ない彼にとって、母国語に対する飢えはかなりのものらしくて、気を利かせて中座した2時間を含めて、4時間くらい肩に力が入らない会話を楽しんでくれたみたいだ。「嬉しかったです」を繰り返して又東京で勉強とミサの手伝いに励みますと言って分かれたが、多くの笑顔や多くの楽しい話題の向こうに並大抵の努力では克服できないハンディーが透けて見える。  牛窓に入るまで二人の女性は口を開かなかった。もうすぐ寮に着く頃になって「○○さん、可哀相」と悲しい声で言った。ずっとその事を考えていたのだろう。母国語でなら恐らく簡単に理解できることを、日本語を始め数カ国語を駆使して理解しなければならないのだから、勉強と縁遠い人には想像を絶する行に見えるだろう。ただ職業柄或る程度は勉強した経験がある僕は「勉強って大変だけど、目的があれば他人が考えるほど苦しくはないから、安心して」と珍しくまともなことを言った。  神父の評価が日本などより高いかの国で、それを目指している人と、それを応援する人の偶然の架け橋になれたことは、いい加減な信者の僕にとってはせめてもの罪滅ぼしかもしれない。最後に「バアバアバアを注文してもいいですか?」と男性が言った時おばあさんがどうしたのかと思ったが、それが運ばれてきたときにかの国のビールだと分かった。僕は運転手だから当然飲めないからコップは3つでいいと言ったら「チョットクライ ワカリハシナイデス」と男性が言った。「大丈夫なの、勉強よりそちらの方が大切ですよ」と逆に説教をしてやった。教会ではいつも受け身の説教だが、する方はいたって心地の良いものだ。