寄付

 寄付文化が根付きつつあるのか、多くの人がカウンターの上に置いてある貯金箱?に釣り銭を入れてくれる。中には釣り銭ではなく、わざわざ財布から出して入れてくれる人もいる。僕は、なにやらカウンタ-の上に置いてあると釣り銭狙いのように思えるから、出来れば場所を移したいのだが、これだけ自然に入れてくれる人を目撃するとそこまで気を使わなくてもいいのかと思えるようになった。  そもそもその寄付金は、週に一度だけ漢方薬の調剤を手伝いに来てくれる薬剤師が持ってきたものだ。当初は漢方の勉強と思っていたのだろうが、今は漢方薬の香りが好きで、調剤しているだけで癒されると言ってくれる。その言葉に甘えて手伝って貰っているのだが、だから単なる漢方オタクかと思っていたが、なにがなにが、僕の薬局に来る前にちゃんと、捨て犬や捨て猫を保護し世話をする施設でボランティアをやっていたのだ。薬局に入ってくる時間がまちまちだと思っていたが、とても価値ある時間を価値あることに費やしていたのだ。  話を聞けば聞くだけ元飼い主達の身勝手さばかりが伝わってくるが、こうして真逆のことを苦労をいとわずやり続ける人がいることも又、人間社会の特徴なのだろう。強いて言えば比較的善良な人が優勢だから、辛うじて平和もどきを失わないでおれる。 何十万人の土地や仕事や家を奪い、何百万人を被爆させた奴らが、僕らの税金で救われる胡散臭さを感じながらの嘗ての寄付行為とは、想いに雲泥の差がある。貯金箱と一緒に配られた猫や犬の写真に思わず微笑みを漏らす人達に、人間不信を少しだけ払拭して貰っている。