土足

 ある問屋の配送係は荷物を持ったまま、壁の方に幾度か目をやった。何となく違和感があったのだろう。それでも結局何も言わず、いつものように判取りをして出ていった。もう1人セールスも同じような仕草をしながら、いやこちらは念が入っていて、出口で一度振り向きながら、それでも何も言わずに出ていった。 結局その日何十人かが出入りしたけれど、リアクションがあったのはその二人だけだった。後の人は何ら気がつくことなくいつものように入ってきて、それぞれの時間滞留した後出ていった。  若夫婦に言われやっと決断したのに、これでは張り合いがない。20年以上なおざりにしていたから、もうそろそろ限界だってことは気がついていたが、いくら壁が綺麗になったって漢方薬が効かなければ意味がないなどと居直って、重い腰をより重くしていた。ある事情でやっと改装と言えるようなものに着手できたのだが、ほとんどの人は気がつかなかった。自分の欠点はいつも気持ちが向かって増幅されるが、他人は案外無頓着なものだ。それと同じ理屈なのだろう。シミ一つ、ピンの穴一つ、はがれかけて垂れ下がった壁紙一つない状態でも誰も愛でてもくれない。 これ見よがしに壁に貼ったり垂れ下げていたものを取り払ったら、結構広く感じる。寧ろがらんとしていて締まりがなくなった。この建物を建てた頃は薬局もまだ赤ちゃん用品などを扱っていたから、店舗部分は広く調剤室は最低限の広さしか確保しなかった。ところが現在では病院用の医薬品や、漢方薬が半分以上を占めるようになったから、店舗部分の張り物がなくなれば間が抜けたように綺麗だけが取り柄の壁が露出してしまった。ひょっとしたらみんな、気がついていたけれどその間の抜け方が気の毒で口には出せなかったのかもしれない。そう言えばいつもお喋りなセールスがいやに寡黙だった。  今度の日曜日には床を張り替える。それでも気がつかないようだったら靴を脱いでスリッパに履き替えて入ってもらおうか。土足厳禁などと張り紙をしたら蛇足厳禁ってしかられそうか。