旧正月

 律儀な方もおられるもので、数日前、薬局に入って来られるやいなや「明けましておめでとうございます」と言われた。まさか20日以上すぎてそんな挨拶をされるとは思っていないから、ほとんど不意打ち状態だ。だからとっさに返す言葉に迷ってしまう。明けまして20日以上も仕事をしているので、今更おめでたくもなんともないからおめでとうとは言えない。そこで僕の口から出たのは「中国か、春慶節か」だった。 この女性とは別に昨日も一人の中年女性が「明けましておめでとうございます」と言って入ってきた。良く薬局を利用してくれる人だから「えっ、今年に入ってまだ会っていなかったの?」と今度は嫌みなく答えることが出来た。ただ今回もこの時期になって今更「おめでとうございます」なんて言えなかったから、体裁を取り繕って「ベトナムか、テト攻勢か」と答えた。僕と同年輩の女性だが僕の言っていることが分からなかったらしくて、「体調が良かったので来なくてすんだんです」と真面目に答えた。  二人とも年が明けてから初めて会ったから、あの挨拶をしてくれたのだと思うが、毎日緊張を強いられて戦いモード全開の僕には、正月をいつまでも引きずってはおれない。だから僕の頭には、あの挨拶を聞いたとき旧正月のイメージしか浮かばなかったのだ。古風な人がいて、旧正月をまだ死守しているのかと思ったのだ。かの国の若い女性達が日本の正月に関して全く無頓着だったのも頭の隅にあった。旧正月以外の正月は彼女らにはないのだ。  いつの間にか消えた旧正月をまだ知っている僕だが、実際の所は盆も正月もない生活を送ってきた。