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 お嬢さんと一緒に入ってきたのだが、これからどこかに寄らないといけないから漢方薬を作っておいてと笑いながら僕を急かす。つい1ヶ月前までは予想も出来なかった光景だ。そもそもまず笑顔はなかった。苦虫をかみ殺したような顔をして、僕の質問にもついて来れない。ゆっくりと間を取りながら答えるのがせいぜいだった。それも文章をなしていない、単語の羅列のようなものだった。ソファーに身体を深く倒し、物静かに薬が出来るのを待ってくれていた。  1ヶ月前に胃腸の不快を相談されたが、僕には本当に胃が悪いようには感じなかった。そもそもあの年齢で胃を悪くするような不摂生はしていないし、病院の鎮痛薬も飲んでいない。だから病院で逆流性食道炎と診断されて、今流行りの薬を飲まされていること自体が不思議だった。当然効果を感じられないばかりか、以前にも増して倦怠感にさいなまれていた。心療内科の薬をもう数年服用しているから、それに輪をかけたようにしんどかったのだろう。こんな人が病名を一つ加えられると、それだけで気持ちが落ちてしまって新たな不調を呼ぶ。  僕は独断で胃の不快感を取るためにいっさい胃の薬を使わずに、気持ちを軽くし体力を付ける漢方薬を胃の薬だと偽って作って飲んでもらった。それは1週間して効果がすぐに現れた。まず1週間で吐き気がかなり減って、2週目でほとんどなくなった。3週目で身体がだるくないと言い、そして今日冒頭のように娘や僕を急かしたりする。もうそこには無気力な女性はいなかった。  病院の薬を作っているから逆流性食道炎の患者が一気に増えたのが分かる。漢方薬を取りに来る方の中にもその種の診断を受け、、薬を飲んでいる人が増えた。ただ僕には透けて見える、何か作為的なものが。嘗てある薬が発売された年に一気にウツの患者が増えたのと同じ現象だ。誰かが何処かで患者を意図的に作っているように見えて仕方ない。やっと取り戻しつつある笑顔の向こうに、見え隠れするのはどんな会社でどんな人間だ。一人歩きを始めた企業は恐ろしい。まるで人間の血が通っていないみたいだ。所詮人間の集まりなのに。