過信

 ひょっとしたらあの地でも同じような過信があったのではないかと話を聞きながら思った。  中堅どころの漁師が買い物に来たから、東北の津波について話した。沢山の同業者が被害を受けているから他人事ではないのだろう、珍しく真剣な表情だった。牛窓も海辺の町だから、津波に関しては皆デリケートだ。太平洋に面していないから大津波はやっては来ないだろうが、それでも東南海沖地震だと3mくらいの津波は想定されている。その不安を口に出すと、意外にも一番の当事者だろう彼が「牛窓は心配ないよ」と笑いながら言った。確かに漁師は言い伝えられた独自の天気予報を持っていて、自然を読む力はすごい。ただ、あの映像を幾度も見せられた後の自信にはいくらなんでも懐疑の念を持たざるを得なかった。こちらは素人だが急ごしらえの知識は報道から得ている。「どうして牛窓は大丈夫なの?」と尋ねると体験から割り出した持論が出てきた。「牛窓は小豆島で守られているから、台風が来ても、小豆島の陰に船を動かせば、それまで荒れていた海も嘘のようにおとなしくなるんよ。俺たちはいつも経験しているから良く分かる。だから絶対津波は来ない」いくら小豆島が大きな島で牛窓の前に横たわってくれていても、風で波を引き起こすのとはそもそも原理が違う。「台風と津波では成り立ちが違うよ、台風は風だから島が邪魔するだろうけれど、津波は水の移動みたいだから島なんて簡単に回り込んでしまうよ」とにわか仕込みの知識を披露すると、最初は否定していたが、途中から加わった妻の迫力にも負けて渋々認めていた。  いわば、漢方薬の話で僕が彼に寄り切られたようなものだから、彼も面白くはないだろう。まして頑固者の多い漁師のことだから、薬局では認めたかもしれないが心の中では怪しいものだ。ひょっとしたら東北のプロ達も彼と同じようなプロだからこその先入観に支配されていたのかもしれない。プロだからこそ落ちる落とし穴もある。あの日を境になにも変わらない西の町々には淡々と頁を捲る音しかしない。運が良かったと安堵する傍ら、今住む町で出来ることを真面目に取り組む事でしか、幸運だからこその居心地の悪さは解決できない。